第31話 真の姿
「この力で誰か守って戦えるなら、むしろラッキーだと思う。ただ、悪魔の力っていうのがだいぶハイリスクなのはわかってる。少なくとも、あの佐城ってやつみたいにはなりたくない」
佐城の醜悪な姿は、ともすれば自分が至る姿の可能性の一つだったのかもしれない。
だが、それでも雪穂は不思議と、あの男のようにはならないだろうという確信を、何故か自分の中で抱いていた。
その瞬間…あの青年……雨宮尊に向けて放った言葉が、脳裏に浮かぶ。
「もしあたしが完全に悪魔に乗っ取られて、あたしがあたしじゃなくなったらさ、尊さんに祓ってほしい」
「(死ぬのは怖いけどね……でも、自分が自分じゃなくなるのは、怖い)」
雪穂たちはまだ傷の残る身体を引きずりながら、黒崎のもとへと帰還する。
佐城は完全に消滅こそしなかったものの、伊織の話によれば力をほとんど失っており、ほぼ無害な存在になっているとのことだった。
少し信じられない話ではあるが、もうあの男と戦わなくて済むのであればそれで良いと、雪穂はほっと胸を撫で下ろした。
「そういえば、今あたしの顔ってどうなってる?なんか、変な模様とか出てない?」
「そういやもう元に戻ってんな。一時的に悪魔の力でも借りたか?それで悪魔憑きみてえに暴れてないのは正直変だけどよ」
「変なの……?」
結局あの現象の正体は、どうやら伊織にとってもわからないものだったらしい。
佐城なる男に勝利したとはいえ、結局あれの正体がわからないのであれば、これはほぼマグレに近いものだ。
「あたしさ、これから悪魔祓いとして上手くやっていけんのかな?」
「…なんだ、やる気あんじゃねーか」
「というか、なんかこれくらいしかあたしにやれることって、無いんじゃないかなーって」
正直、もう二度と今までの退屈な日常へ戻れる気がしないほどには、彼女は悪魔祓いとしての日常に、すっかり染められてしまっていた。
「えっ、あの佐城とかいうの、予定になかったんですか!?」
「そうですよ?」
目を見開いて驚く雪穂に対して、黒崎はさも当然というような口調で言い放った。
「流石に新人に任せていい相手じゃないですよあれは。しかし本当に災難でしたねぇ」
「ほんとだよ、何のために死ぬ寸前まで命張ったんだオレは。特別手当くれ特別手当」
「そのくらいあげますよ。ただ、ちょっと厄介なことになってしまってましてねぇ」
こほんと軽く咳払いをしてから、黒崎は話を続ける。
「討伐予定であった悪魔憑きが、既に何者かによって殺害されていたんです」
「……は、何それ?」
「動機も下手人もはっきりしませんが、佐城と名乗る男である可能性は高いでしょう。10年前から佐城幹彦という人物が行方不明になっていた件とも合わせて、彼についてもう少し調べなくてはいけませんね」
黒崎の話によれば、佐城の外見的特徴は10年前に失踪した、佐城幹彦なる人物と近いという。
当時21歳の大学生であった佐城幹彦は、所属する大学のサークル内でトラブルを起こし、その後失踪した、というそうだ。
何かのきっかけで悪魔に身体を乗っ取られたか、あるいは悪魔そのものが佐城幹彦を名乗り活動していたか。
「…あくまで推測でしかありませんがね。そう、あくま、だけに」
「親父ギャグってジジイでも言うんだな……」
「今のは、ちょっと面白くなかった、です……」
伊織どころか、夜空からすらも不評だったギャグを雪穂はスルーして、佐城なる人物に言われたことを思い出す。
『君を迎えに来た』
『君の居場所はここじゃない』
『僕たちは仲間だろう』
どうせ悪魔だから話は通じないもので、あれは虫の羽音のようなものだと、彼女は考えていた。
だが今考えてもみれば、どうもあの男の言動には一貫性のようなものがあるような気がする。
「おや?ぼーっとしてしまってどうしました?」
「いえ、ちょっと考え事してまして」
「あー、そういうことですか。まあ、ここ数日だけでも色々ありすぎましたしね。そういえばあなたに伝えておかなければいけないことが一つありましたね」
「…それ、俺達も聞いてていいことか?」
「構いませんよ」
考え事をしている、という雪穂に対しても、黒崎はあくまでマイペースな態度を崩さず、話を続けた。
「佐城が唐突に変異したというのは、あれは要は悪魔の真の姿と呼ばれるものです。悪魔という存在が生物なのかあるいはもっと神秘的な存在なのか、それすらもよくわかっていないのはこの真の姿の影響があるのですよ」
「ん?…ってことは、悪魔の本当の姿って人型じゃないんですか?」
「我々が勝手にそう呼んでいるだけで、そもそも本当の姿かどうかもわからないです。元々悪魔には謎が多いですから」
謎が多い。自分より圧倒的に長く生きている黒崎ですらそう言うということは、本当にどういった存在なのかわかっていないのだろう。
そもそも、何故悪魔というものが存在しているのだろうか。そして、それらにずっと触れていなかったのは何故だろうか。
疑問が尽きず、また頭が痛くなりそうだ、と。雪穂は脳内で一人呟く。
「とはいえ、悪魔が俺達人間に対して危害を加える存在なのは確かだ。もっとも……あんな勧誘じみたことを人間に対して言う悪魔は、話にすら聞いたことねえけどな」
横にいる伊織の顔が、急に険しくなる。
「八坂雪穂。俺はお前のことをまだ認めちゃいねえ。…いや、そもそも。お前が何者なのかも、俺にはよくわかってねえ」
「何者、って言われても。ただの一般女子高生なんですけど……」
「一般女子高生にしちゃ色々と外れてることが多すぎって話だよ。もしお前が何か悪魔祓いにとって不利益な存在なら、黒崎さんがなんて言おうが、俺はお前を切り捨てるかもしれねえ。そのつもりでいろ」
言われてみれば、自分という存在は何なのだろう。
今まで一般的な女子高生として生きて来て、そのはずなのに。何故。
「…あれは伊織なりの心配だから、気にしなくていいですよ。素直じゃないんです」
「心配の割にはえらい脅しじみたこと言われた気がするんだけど」
「面倒な人ですよね」
にこにこと笑う夜空の様子に、むしろ少しだけ恐ろしさを覚えてしまった雪穂は、この後の帰り道でも、その笑顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「…もしかしてあの子が一番手ごわい……?」
そんなことを考えながら、雪穂は暗くなった道を歩き、また『日常』へと戻っていく。
逃げ延びた。
何とか、生き延びることが出来た。
あの女、悪魔の力を使うなんて予想外だったが……それでもトドメを刺さないなんて、まだまだ甘っちょろいものだ。
随分と力を失ったが、それでも生きているだけまだマシだ。
男は、何よりも自分が思う通りにならないことが嫌だった。それは、彼がまだ佐城幹彦と呼ばれていた時から、そうだった。
「やっぱりチョロい……チョロいなぁ……今度こそあの女は連れ去ってやる。僕の思う通りにならないことなんてないんだ……あの女が泣いて懇願するまで痛めつけて……」
うわごとのように呟く彼の声は、突如何者かによって中断される。
「……え?」
「君、もう用済みだから」
その言葉を聞いたのを最後に、男の意識が浮上することは、なかった。
これが、ひとつの物語の結末、そして新たな戦いへの、序章だ。




