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第22話 覚醒

「うぐっ……かはっ……」

首が絞まる。息ができない。

何とか抜け出そうとしても、既に強張って上手く力が入らない身体では、振りほどくことすらままならない。

「アナタ……アナタ許サナイ……殺ス……」

こちらを睨みつける女の顔は、まるで死人のように青白く、目元は鬼の面のように吊り上がり、口元からは涎が垂れていた。

たとえるならそれは……まるで映画に登場するゾンビのようだ。


「(そりゃ…油断したあたしも、悪いけど……さ……)」

頭に浮かぶのは、死の恐怖。このまま首が絞め切られて、死んでしまうというイメージ。

じたばたともがこうにも、そもそももがくほどの力が、彼女には残っていない。

「(あー、あーくっそ……気分、悪い……!)」

頭に酸素が回っていないのか、思考すらもまるで靄がかかったように上手くできない。

だからこそ、雪穂は精一杯、己の腕を女の腕に向けた。

爪を立て、女の拘束が緩むのを狙ったのだ。

「アァァァァァァァッ!!!!!!」

思ったよりは効いたのだろう、頭が痛くなるような叫び声と共に、女は雪穂の首を狙う手の力を弱めた。


そして、その隙に雪穂は首への拘束から脱出することに成功する。

「はぁっ……はぁっ……!」

まだ首の痛みが残っている気がする。息を切らしながら、なんとか呼吸を整える。

靄がかかっていたような思考も、だんだんとクリアになってくる。

「とりあえず、何とか、なった……!」

だが、目の前の女は未だに自分の方を睨みつけている。視線だけでこちらを射殺そうとしているのではないかという程の鋭い視線に、雪穂は思わず縮み上がるような恐怖を覚えた。


「(やるしかない……やるしかないんだ……!尊さんはまだあいつと戦ってるはず……!)」

と言ってもあの男をあっさりといなした尊のことだ。もしかしたら、すぐにでも駆けつけて助けてくれるかもしれない。

だとしたら自分のやるべきことは、この女を『倒す』ことではない。

尊が助けに来るまでの時間を稼ぐ、それが出来ないのならば、覚悟を決めて戦う。貰ったばかりの儀式具を手に持ち、雪穂が体勢を整えると、

「ウゥゥゥ……ウゥゥゥ……アアアアアアアアアア!!!!!!」

悪魔憑きの女は突如涙を流し、泣き叫び始めた。

「うわっ……意味わかんないんだけど……!」

だが、雪穂はそれを無視して女の方へと突撃する。もう泣き叫ぶ声など気にしていては、一生どうにもならないと、彼女は決意を込めて儀式具のナイフを握りしめた。


「いい加減……うるさいっ!!」

儀式具を持った腕を思い切り振り、女の腕を切りつける。

「イヤアアアアアアアアアアア!!!!!!」

女はそれに痛みを覚えたのか、黒板を爪で引っかいたかのような、頭の痛くなるような金切り声をあげた。

「………っ!!」

思わずその大声に驚き、頭を抑える。人間の喉から出るとは思えないような音だった。

ただ、確実に手ごたえはあった。

自分の攻撃が効いている。前に進んでいる、その実感で、雪穂は大きな満足感を得ていた。


「よし、やれる……!」

と思ったのもつかの間、身体が宙に浮く。


「え……?」

人間の腕からここまでの力が出るのかという程の殴打で、自分が吹き飛ばされたことに気づいたのは、既に自分が叩きつけられた後だった。

しかも叩きつけられた場所は、柔らかい砂が満ちた砂場などではなく、固い地面の上。

背中から鈍い痛みがする。後頭部がずっと痛みに襲われる。おそらく、骨も折れている。

とにかく全身が痛み、立ち上がることすらままならない。


「……かはっ」

自分の口から何かが出たと思えば、それは赤黒い血だった。

それが何を意味するのか、雪穂はすぐに理解した。痛みに苦しみながら、立ち上がろうとしてももう力が入らない。

「……んっ、んぐっ……」

口の中でまとわりつく血のような嫌な味を何とか振り切りながら、雪穂は必死に体を動かすが、最早意識すらも霞み始める。

女はまた近づき、自分の身体を殴りつけるだろう。

そうなってしまえば、自分は生きた人間などではなく、ただ公園の敷地の中に横たわる、死骸と成り果ててしまうだろう。

「(尊、さん……助けに来なかったら……マジで恨む……)」


霞み行く意識の中で、脳裏に声が聞こえる。

雪穂の脳裏に、何かが語り掛ける。

『全て、全て壊せ。』

闇に沈みゆこうとする己の意識が、ふっと引き戻されるような感覚が、雪穂に訪れた。

『欲望のままに壊せ』

すっ、と頭が冷えてくるようだった。


死への恐怖も、恨めしかった感情も、何もかもが『無』のように引いて行く。

『己の欲しがるままに、己の全てを』


『解放しろ』

そして、身体全てを襲っていた痛みも、嘘のようになくなっていた。

八坂雪穂は、ただ黙ったまま、先ほど自分を吹き飛ばした女の方を見ていた。

その肉体をただの肉塊へと変えようと、女は殴りかかってくる。

だが、その拳はまるで赤子が殴りかかってきたかのように、ピタリとその場で止まる。

「うるさい」

雪穂が女の方を見る視線は、獲物を見定めた獣のように、ひどく冷静で、そして冷徹だった。


「あたしは今機嫌悪いんだよ」

そのまま儀式具で、雪穂はその女の喉を思い切り突き刺した。

「イヤァァァァーーーーーーッ!!!!!」

女が頭を抱えて叫ぶ。

聞いているだけで頭が痛くなるような、甲高い耳障りな音。しかし、雪穂はそれにぴくりと眉すら動かさない。

「だから、うるさいって言ってるんだよ」


丸まって蹲る女の身体を、無表情で蹴り飛ばした。

打ち捨てられたゴミ袋のように、女の身体が地面へと転がる。

雪穂はそれを見下ろすと、儀式具を女の身体へと突き立てた。

何度も、何度も、何度も。ザクザクと、肉を打ち据える音が静かな公園へと響く。抵抗すらできずに、声すら出せずに女に何度もその刃が突き刺さる。


儀式具で刺された女は、やがて頭を抱えると、眠るようにして意識を失い、公園の土の上へと横たわった。

そしてその女を見降ろしていた雪穂の表情は。


一切の感情すら見えないほどに、凍り付いていた。

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