第19話 儀式具
「というわけでイオリン呼んできた~~~!」
伊織を連れながら、一華が雪穂の方へと走って来る。連れられた方の伊織は、目を擦っていた。
「…伊織くん」
「何だよ」
「アンタさっきまで寝てたでしょ」
人に約束をしておいて寝るとは、と思った雪穂は、さっそく出会いがしらに伊織に噛みついた。
「悪魔祓いっていうのは悪魔が活性化する夜に動くことも多いから、要するに睡眠不足。…帰ったらめちゃくちゃ眠かったから仮眠取ってたんだが」
「約束すっぽかして寝てたとかじゃないよね?」
「疑う気かテメェ」
だが、あくまで伊織の方も引かない姿勢のようだった。
「…で、一華さん。…でしたっけ。ホントなんですか?」
「めっちゃぐっすり寝てた!」
笑顔で答える一華の方に怪訝な視線を向けてから、雪穂はそのまま伊織の方へと目線を動かした。
「やっぱ寝てたんじゃねーか!!!!」
「眠かったんだから仕方ねえだろうが!!!!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ2人を、尊と雄介は呆れた目で見ていた。
「…なんというか。伊織君もまだまだ子供だよね」
「そうか?僕からすれば成長しているように見えるが」
「大っ体お前んとこのクラスメイトが変な騒ぎ起こさなきゃ俺が駆り出されることも無かったんだが???」
「騒ぎ起こした原因はあたしじゃないですぅ!!あたしは元々あいつと関わりもなかったしいきなり暴走したのも正直わかってないってさっきも言ったでしょうが」
「騒ぎ起こしたのがお前のせいとか一言も言ってねえんだけど?」
「そうとしか思えない言い方してたけど?」
未だに騒ぎ続ける2人をよそに、
「おやおや玄関口で口喧嘩とは、穏やかじゃないですねぇ」
一人の人影が近づいてきた。
「…爺さん。来るなら来るで早く来てくれよ」
「あなたの方から儀式具の説明をさせてくれとの話でしたけど、どうもそれどころじゃなさそうですねぇ?」
「まったくイオリンってば喧嘩っ早いんだから~」
「そういう、問題じゃ…」
「判断が早いのはいいですが、頭にすぐ血が上るのはあまりよくありませんからね。ほら」
伊織は不服な顔こそしていたが、
「悪かったよ……」
すぐに納得して雪穂に頭を下げた。
「さて、今回の用ですが…私の方から説明しましょう」
黒崎は胡散臭い笑みを浮かべながら、雪穂の方へと視線を移す。
「あなただけの儀式具ですよ」
「はい?」
雪穂は思わず聞き返した。そもそも自分はまだ新人だ、そこまで面倒を見てもらう必要はあるのだろうか。
それに突発的な事故のようなもので遭遇した今日の澤田の件を除けば、まだ仕事にすら出たことがないのだ。
「儀式具がなければ悪魔は祓えないでしょう?」
「まあ、それはそうですけど……」
伊織が来てくれなければ、そもそも雪穂は澤田に憑いた悪魔を祓うことは出来なかったのだ。
あの時もそれなりに戦えていたとはいえ、伊織の助けがなければかなり厳しかったはずだ。
「アナタ、もしかして自分に何故そこまでしてくれるのか怪しい、とか考えてないですか?」
「はっ……いや、そんなことない、ですけど……」
図星を突かれ、反射的に恐る恐る否定で返す雪穂。そんな様子を見てか、黒崎はからかうように笑う。
「あはは、胡散臭く思われるのは慣れてますよ。それに、あなたを見ていると古い友達を思い出すんですよねぇ」
「古い友達?」
どこか探るようなその視線に、雪穂は少し嫌な感触のようなものを覚えた。
「八坂弥一郎という男です。元気にしてますかねぇ」
「八坂弥一郎なら、私の祖父ですけど。…祖父なら、2年前に亡くなりましたが」
雪穂は祖父との思い出こそあまりなかったので、自分が果たして似ていると言われても、ほとんど実感が湧かなかった。
「そうですか……まあ、歳でしたしねぇ。確かワタシより2個程下でしたかね。それで、アナタはまだワタシを少し怪しんでいるようですが…」
「…まあ、否定は出来ないです」
「専用の儀式具を作るのは安全性に配慮して、でもありますよ?それに君は悪魔が今も憑いている状態だ。
悪魔同士は引き合う。君が昨日クラスメイトの元に悪魔が憑いていて暴れていたという話も、そういったことが引き起こしているのでしょう」
有無を言わさぬ圧。雪穂はそれを目の前の男から感じていた。顔立ちは穏やかそうに見えていても、その裏では本当に何を考えているかわからない。
それがなかなかに恐ろしい。
「……わかりましたよ。それで、その儀式具ってどんなのなんです?」
だが、この男の言うことは正しいのだろう。納得がいかないながらも、雪穂はいったんは従うことにした。
「なかなか、彼女は物怖じしないんだな」
様子を見ていた尊が、小さな声でそんなことを呟く。
「ははっ、最初はちょっと怖いもんな。何考えてるかわかんないっていうか、心の奥を覗かれてるみたいというか」
「だよね~。アタシああいうタイプの子、ちょっと好みかも」
「おうそうか……物怖じしないっていうのは一種の才能だよ。そういうのは大事だ」
ひそひそとされていた噂話は、雪穂にも丸聞こえだったが、彼女自身はほとんど気にも留めていなかった。
元々気の強い部類である彼女だ。そういった部類の噂話をされることも、少し疎まれることも、もう慣れていた。
「こちらですよ」
黒崎が手渡してきたのは、刀身が曲がったナイフのようなものだった。
「ナイフ…ですよね?」
「それ以外の何に見えるというのです?」
別にそれ以外の何にも見えないですけど、と言おうとして、雪穂はそれを呑み込む。はっきりと言ってしまったら、この男のペースに呑まれるような気がしたから。
「ってことはやっぱナイフなんですね。こんなの持ち歩いてたらなんか言われません?」
「勿論ある程度の偽装が出来るようなケースはお渡ししますが…そのあたりはどうとでもなるでしょう」
「(持ち物検査とかあったらどうするんだこの野郎)」
通っている学校にそういった類のものはないが、本当に大丈夫なのか?という不安は拭い去れない雪穂だった。
「今日の用事はこのくらいです。また新しい仕事でもあればあなたに手伝ってもらうことはありますが……今のところは特に悪魔の出現情報はないですね」
「そういえば一つ気になったんですけど、悪魔ってそんな頻繁に出るんですか?」
「そこまで頻繁には出ないですよ。実際のところ私たちも暇な日の方が多いですよ。ところで……そんなに気になるということは、やはりやる気になりました?」
「まあ。ちょっとはですけど。あたしこの間戦ってて思ったんですよ。それに、あたしの親友だって巻き込まれちゃったんで。このまましり込みしちゃってたら、どうにもならないじゃないですか」
現実に風子が巻き込まれている。出来る限り彼女を巻き込まないように、というのが雪穂の本音だったが、現実にはそれも難しいのだろう。
「現実はね、きゃー助けてーって言ったら助けてくれる人なんて滅多に出てこないんで。そのくらいはわかってます」
「ふむ……」
黒崎は少し考え込むような仕草を見せた後。
「大した覚悟です。やはりあなたを見出したのは正解だったかもしれませんね」
「えらく気にかけているようですね」
「うわっ!?」
雪穂はいつの間にか、尊が近くに立っていたことに気づき、大声を上げてしまう。
「どうした?」
「無音で近づくのやめてってば……」
思えば、最初に出会った時から尊の動きには音がなかった。
彼の癖のようなものなのだろうか。急に大きな声を出してしまったことも含め、雪穂の心臓の音は早鐘のように高鳴っていた。




