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第17話 戦いが終わって

「はぁ……勝った……の?てか澤田は大丈夫なわけ?」

戦いが終わったのかとほっと胸を撫でおろすと、急に脱力して雪穂はその場に座りこむ。

「じきに目を覚ますはずだ。もう悪魔の気配はしねぇ。それにしても…」

伊織が少し驚いたような顔で、雪穂の方を見る。

「初めてであそこまでやれる奴、初めて見たよ。あんだけ上手く儀式具を扱えるやつ、なかなかいねえぞ」

「…武器がすごいのかと思ってたけど、あたしの方がもしかして凄かったやつ?」

「なんかそう言われると素直に褒めたくなくなるな。…流石に、あんまり上等なもん渡すわけにはいかねえよ。儀式具が強すぎると、かえって心が呑まれかねないからな」


「心が呑まれる…よくわかんないけど、武器が自然と体に馴染んで、そこからは特に何の障害もなく動けたけど…そうなるともしかして止まんなくなっちゃうとか?」

「…お前存外に理解力高いな」

「あ?ちょっとバカにしてんな?」

それを聞いた伊織は、下手な口笛を吹きながら目線を逸らし、明らかにわざとらしく下手に誤魔化した。

「そうだ。…そういえば伊織くん、学校通ってるとかじゃないの?」

「授業抜け出して来たんだが」

「…うわぁ。大変そ」

「何だその憐れみの目は。こっちは悪魔出現の報告聞いて急いで準備してきたんだが?それにじきにお前だって、授業抜け出してこうやって戦いに行かなきゃいけなくなるかもしれねえんだぞ?」


「マジかぁー…なんて言い訳しよ」

保健室に行って来る、というような嘘はどうせすぐバレるし…なんてことを考えていると、伊織がこちらを少し訝しい目で見ていたのが見える。

「お前、こういう時普通は「授業抜け出すなんて嫌」とか言い出すもんかと思ってたけど、それ自体は受け入れてんだな」

「いや、受け入れてるも何も、ノーとかあたしの立場で言えるわけないじゃん?それにさ、今回。あたしが動かなきゃ、けが人が風子と杉本だけじゃ済まなかったでしょ?」

未だに青白い顔で倒れる風子の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

際限なしに何でもかんでも壊そうとする澤田の様子は、それこそ放っておけば更なる惨事を引き起こしていたことは、最早想像に難くなかった。


「悪魔に祓われた直後の人間が、自分が誰かを傷付けてたって現実に耐えきれなくて精神に大きなダメージを負う、そんな事だってある。狂ってた方がマシだってな。だから、お前の行動はその澤田とかいうやつにとってもある意味救いなんだよ」

制御できないまま、誰かを殺してしまう。実際にその経験のある雪穂にとって、伊織の言葉はあまりにも重たかった。

誰かを殺すかもしれないということの重みに、耐えられるはずがない。

そういう意味では、彼は風子や杉本を「殺さずに済んだ」のだ。

「…そもそも。あれでほんとに悪魔祓えてんの?」

「間違いない。そのうち目を覚ますはずだ。…ただ、こいつにとって苦しいのは、ある意味この後かもしれないな」

「この後?」


「まさか悪魔が憑いてるなんてわかるやつ、あの場にはお前しかいなかっただろ?周囲のやつにはこいつは『キレたら暴れる危ない奴』として認識されるはずだ。間違いなく日常生活に支障は出る」

「………そっか」

以前雪穂が暴れた時は、あくまでも事情を知る人間の前でだけだ。

勿論、風子にはあの姿は見られていない。だが、見られていたらどうなるだろうか。最悪、自分たちの友情にヒビが入るかもしれない。高校生活はまだ2年以上あるのだ。

ただただ退屈な日常が嫌いだったはずなのに、今やそれが、薄氷の上に立っているもののような気がしてしまう。


「んじゃ、俺は報告あるから出てくけど、お前はそいつのこと早く保健室まで運んでけ」

時計の方を見てみれば、もうすぐ2限目も終わる頃だ。今頃、他の同級生は教室で過ごしている頃だろうか。

そして傍らには、出血こそ止まっているものの、まだ青い顔をして眠っている風子の姿が。

「一つだけ忠告。…お前、友達がいるなら絶対に大切にしとけ。人と繋がりのないやつは、悪魔に付け込まれる隙が増える。お前が完全に悪魔と化してしまったら、俺達はお前を殺さなきゃいけなくなるかもしれない」

そう言って、伊織は化学室を出て行った。それと入れ違いのように、風子がゆっくりと目を開ける。


「ん、雪、穂……?」

「風子?目覚ましたの?」

「う……うん。なんか石か何かが当たってすっごい痛くて……もしかして寝ちゃってた感じ?」

「寝ちゃってたっていうか、気失ってたんだよ。とりあえずその、あたしは大丈夫だから。保健室行こう?歩ける?歩けないなら肩貸そっか?」

「あは…雪穂がめっちゃ心配してる…うん、ちょっとまだ頭フラフラするからお願い」

少し記憶が混濁しているのか、風子は少し要領を得ない様子だった。

それでも、雪穂は何よりも風子が無事だったことが、何よりも嬉しかった。


「うん、とりあえず保健室行こっか。その怪我、診てもらわないといけないでしょ?」

「わかった。そういえば…澤田はどうしたの?」

「あいつ?あいつなんか急に疲れて寝始めた。まったくアホだよねあいつも」

「あっはは!!そりゃないわ!!」

悪魔に取り憑かれていた、そしてそんな澤田と戦っていたなどということは、風子にはまだ話せなかった。

まだこれは、風子にも背負わせたくないことだったのだ。


保健室に行くと、頭に包帯を巻いた杉本が、丁度保健室を出ようとしていた所だった。

「お、八坂じゃねえか。そっちは…綾崎か?もしかしてそっちも澤田にやられたのか?」

「うん。まあ…そんなとこ。それで?もう怪我大丈夫なわけ?」

「鍛えてるからそのくらい大丈夫だよ。それにしても酷ぇと思わねえか。俺が澤田にやられたって話してんのに、保健の先生は全然俺の話を聞いちゃいねえんだ」

「でしょうね。あんた評判悪いし」

「だな。初めて知ったよ。澤田のやつが何度か保健室駆けこんでたってのも、俺のせいでやべえストレス抱えてたってこともな」


杉本の様子は、思いの外穏やかだった。

いつもの杉本ならば、このまま大声で暴れては、自分や風子に当たり散らしていただろうと思っていただけに、雪穂からすれば拍子抜けだ。

「信用されねえってのはそういうことなんだなってよくわかったよ。お前らには迷惑かけたな」

「あ、うん……」

「何だ。俺が反省してるのがそんなに珍しいかよ」

「いやぁ…それは正直そう。ぶっちゃけ拍子抜け。なんていうか、色々複雑な気分」

「んじゃ俺は早いとこ教室戻るからお前も行けよ八坂。こんなとこで喋ってる場合じゃねえだろ?」

「うん……」


案外、人は変わるものなのかもしれないと、雪穂は思った。だが、当の澤田の方はどうだろう。

杉本のように、しっかり反省してくれているだろうか。

伊織に聞いた話では、悪魔に取り憑かれた人間はその人の抱えていた欲望や想いなどが、暴走して抑えきれなくなるというのだという。

だから、澤田の方も、そういう鬱屈とした感情が、確かにあったのだろう。

そして、雪穂自身も、そういった誰かを傷付けたくなるような感情が自分にはないと、はっきり言いきれはしないのだった。

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