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第14話 異変

少し気になることこそあったものの、それが嘘のように何事もなく、1限目の授業は終わりを迎えた。

「ふぁ……」

「どしたの雪穂さんや、もしかしてお眠い?」

「数学の授業マジで眠たくなるんだよ……」

雪穂は張り詰めた心が緩んだからなのか、そのまま眠ってしまいそうになった。

眠気に耐えながら板書した自分のノートを見ると、ところどころ字が乱れているのが見えて、よほど眠かったのかと思わず苦笑してしまう。


「もう諦めて寝ちゃえばいいのに」

「そんなことしたらそれはそれで面倒でしょ。あそうだ、2限目なんだっけ」

「移動教室で化学。忘れたの?」

「あー、そうだったそうだった。んじゃ早いとこ行かないと」

眠たい頭を何とか醒ましつつ、雪穂は次の授業の準備を済ませて、移動教室まで向かうことにした。

廊下を気持ち早めに歩いていると、少しだけ眠気が和らいだような気がする。

だが、その代わりに別の感情が、雪穂の中に出始めていた。


なんだか妙にイライラする。

心が落ち着かないのだ。周囲の人間に対して、敵意のようなものを抱き始めていたのだ。

一緒に廊下を歩く風子に対しても、それは変わらなかった。

「…ねえ風子。今日はちょっと一人にしてくれない?」

「……?またどうして急に。ま、いいけど。好きにしなさいな」

気付けば、風子の方も足早に廊下を歩き始め、雪穂を追い越していった。

その不審な態度に、またもイライラが募ってしまう。

「(…何よこれ……)」

何とか忘れようと、こっそりと頭を振る。どうにかして、教室まで辿り着く。

色々あって遅くなってしまったのか、もう外の同級生はほぼ教室まで着いていたようだ。


授業が始まる。

授業を聞いている間も、雪穂は何度も自分の手に持ったシャーペンを握りしめて、イライラする気持ちを誤魔化そうとしていた。

周りを見れば、自分と同じように不審な態度を取っているクラスメイトが何人もいる。

一体何が起きているのだろうか。しかし、今の雪穂にそれを考える余裕はなかった。

誰かが自分を睨みつけているような気がする。

妙に間延びした教師の声が、自分をイラつかせているような気がする。

そんなことを考え始めれば、もう万物全てに怒りを覚えるような気までしてきた。


そして、そんな状態になっている自分にすら、イラついてしょうがなかった。

教室のあちこちから貧乏ゆすりの音が聞こえて、それすらも雪穂の神経を逆撫でしてくる。

授業にも上手く集中できない。手に握ったシャーペンに、うっかり握りつぶしかねない程の力がかかる。

……だが、そのままシャーペンを握り潰してしまう、なんてことは起きなかった。

何故なら、その行動は、ある一つの"大きな音声"によって、中断されたのだから。


「…皆皆皆僕を馬鹿にしやがってええええええええ!!!!!」

黒板を爪で引っかいたような不愉快な叫び声だった。

一瞬、雪穂はそれが誰によるものなのか判断できなかった。そんな凄まじい叫び声、人生で今まで一度も聞いたことがなかったからだ。

まるで人間の喉が限界を越えたようなその大音声に、思わず怯んで何も出来なくなる。

「ああああああああああああああ!!!!!!!」

そして、声の主……澤田は、椅子を持ち上げ、振り回す奇行に出た。


「ちょっとちょっと!?何してんの澤田!やめなって!!」

「風子も危ないって、あんなやつ放っとこうよ!」

慌てて止めに入ろうとする風子を、雪穂は制止する。

「なんで!?」

「あいつヤバい目してるんだよ。それに、下手に近づいたら怪我する!」

澤田は焦点の合わない目を血走らせ、口からは涎を垂らしていた。

…あの時、あの夜に遭遇した女と同じだった。

雪穂は確信した。彼は悪魔に取り憑かれているのだと!!


「澤田くん、やめなさい!」

「ウルサイ、僕ヲ否定スルナアアアアアアアアアア!!!!!」

澤田は化学教師の宮内の制止も聞かず、教室中を走りまわって暴れ続けた。

「きゃああああ!!」「何あれ?」「おいあいつおかしいぞ、誰か止めろ!!」

授業もほとんど続行できる状態ではなくなり、化学室は一瞬にして阿鼻叫喚と化した。

そしてそんな中で、雪穂はほとんど何も出来ずに立ち尽くしていた。

何せ、澤田は教室の椅子という、それなりに大きな物を武器として振り回し始めていたのだから。

それにいくら根暗な少年だといえども、それでも雪穂とは男女の差がある。きっと筋力も体格も、彼の方が上回る。


クラスメイトの中には、教室から逃げ出すものまでいた。

まだ、戦う方法すら知らないのに、まさかこんなに早く悪魔憑きと遭遇するなんて。

「……くっそ、早すぎるって……!」

「雪穂?」

「こっちの話!」

気づけば、謎のイラつきこそ収まっていたものの、それでも落ち着かないことに変わりはない。

「八坂さん、早く逃げた方がいいって…あれじゃ説得するのも無理よ!」

どうやら委員長の方は説得を考えていたようだった。しかし、暴れ回る澤田に対して、彼女は近寄ることが出来てなかったようである。


「あんな暴れるやつ説得って、委員長お人よしすぎるよ……」

実際、雪穂はこんなことを考えていた。

もし自分に立ち向かえることが出来るなら、この野郎を殴って止めたい、と。

「だって澤田くんだって大事なクラスメイトだもの。あと、私は委員長じゃ……」

「いやもうその姿勢は立派な委員長だって。…よし。逃げよう」

雪穂の思考は、この澤田という少年をどうにかしたいという気持ちから、市原というクラスメイトを安全な所に逃がしたいというものへと変わっていた。

それに、あたふたとしている風子の方も、勿論。


「…うん、わかった。八坂さんが言うなら……」

「よしわかった。とりあえず何とか澤田に見つからないように…あれじゃ見つかったら殺されかねないもん」

おそらく冷静になったであろう風子が、教室のドアの方を指さす。

「よっしゃ任せたよ風子!」

「おうよ!」

こうして、3人での脱出計画が始まった……かのように思えた。


ドン。

鈍い音が教室中に響く。

その音がする方に、雪穂は目をやる。そこには。


「てめえええええええええええ!!何しやがるクソ野郎が!!!」

頭から血を流した杉本が、逆上して澤田の胸倉を掴んでいるという光景が繰り広げられていた。

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