第五十七話
タニアが進めていた食堂は女性でも入りやすいような、オープンカフェのある食堂でした。
私たちはオープンカフェの席には座らず、食堂の奥まった人の目に付き難い場所に座ることにした。
時間的には夕食ちょっと前くらい(体感。この世界の時計なんて持ってないから)で、今はお客の姿もまばら。
食堂の中の席はガラガラだった。厨房は夕食の仕込みで忙しなく動いているみたいだけど。
オープンカフェの方は日差しが丁度よいのか、日向ぼっこって感じでお茶をしてる人が多かったけど。
日向ぼっこは良いですね。
穏やかな陽気ですね。
今の季節って春なのかな?
四季があるかは、解らないけど。
春と言えば同僚が花粉症で苦しんでたなぁ、とか思い出して現実逃避する訳で。
長方形のテーブルにフーガと並んで座り、向かい側にヴァンが座った。
ええ、今とても現実逃避がしたいです。
だって、凄く胃が痛くなりそうなんだもの。
なんだかストレス性胃炎になりそうですね。
「ミルクティーを三つ」
そう、ヴァンが店員に注文をした。
「ミルクティーで良かったか?」
「……うん」
フーガはとても小さく頷くだけの返事でした。
先程よりは少しだけ機嫌が戻ったような、そうじゃないような。
表情だけなら、いつも通りの無表情に戻ってるのですけどね。
ミルクティーは直ぐに来た。
私は家では緑茶ばっかり飲んでたので、ミルクティーは久しぶりでした(王城では何故かコーヒーばっかりでした)。香りも良く、程よく甘くて美味しかった。
注文したミルクティーを飲みながら、ヴァンが聞いてきた。
「アキネがこの街に居るってことは、巡礼の旅か?」
「え、……ああ。うん」
……ヴァンにその事、言ってたっけ?
ヴァンと二人っきりの時どんな事を喋ったのか、あの後の事のせいで色々とうろ覚えな気がする。
「……何処でそのことを?」
少しドスが聞いたような声でフーガがヴァンに問い詰めた。
そういえば、確か……『神銀の乙女』が巡礼の旅をするとかって秘密だったんだっけ?
リディルごめんよ。教えて貰ったのに、かなりうろ覚えです。覚えること多すぎて、色々忘れちゃってます。はい、すみません。
「ああ、すみません。商売柄、『神銀の乙女』や『神銀の騎士』などに関する事は調べて知っているのです。他にも世情に詳しくないと色々と困りますから、もし何か必要な情報があるなら私の知る範囲でお答えします」
ヴァンの説明に、フーガが考えるように口を閉じた。
「……そうか。必要なときは頼む」
「はい。……で、アキネ。最初の目的地は何処に行くんだ?」
こっちに話が戻ってきました。
言っていいのかな?
と思い、ちらりとフーガを見てみたけど、フーガは素知らぬ顔。
アイコンタクトとかして、言うなって意思表示をしてくれるなら良かったんだけど、これじゃあ判断に困りますね。
「えっと……グリム……違う、グラム……違う。えっと……グラ……グラ? なんでしたっけ?」
フーガが溜息を吐きました。
ってか、地理苦手なんだってば。どうせ、人の名前も地名も一度じゃ覚えきれませんよ。
……本当にすみませんね。一度でしっかり覚えきれなくて。
「グラヘル国だ」
「グラヘル国か。と言うことは飛龍を使う予定か。……まあ、それもそうか。陸路だけだった昔の記録では、巡礼に四-五年かかったとあったしな」
「し、四-五年?」
……四-五年? 最初リディルは半年とか言ってなかった?
四-五年って……そんなに時間かかるの?
「まあ、陸路だけならな。昔は無かったが、今ならグラヘル国に多人数を運べる飛龍がいるからな。……そうだな、順調に行けば半年から一年ってとこじゃないのか」
じゃあ、リディルが言ってた半年ってのは、飛龍を使っての半年ってことだったのか。
でも、口ぶりからするともっと早く終わるような感じだったけどなぁ。
リディル、知らなかったのかな?
「そうだ、これから南下の行路の状況を──」
「────」
フーガが私とヴァンの会話を遮るように、順路になるだろう道の状況(魔物や盗賊の出具合等)を聞いていました。
話は更に発展して、何処其処の町や村でなんとか祭りがあるだの、何処の土地にあるなんとかって花が見頃になるだろうとか、色々とどんどん雑談が進みます。
元々地理は苦手だし、この世界の地理なんて余計サッパリなわけで。聞いてても、なんだか右から入って左に抜けていく感じです。聞く気がないとも言うけど。
ミルクティーを飲みながら、店内をざっと見回してみた。
現実逃避とも言いますけど。
店内に人は少なく、カップルが二組と、男性が一人だった。
その男性には見覚えがあった。
金色の人。
なんで、今まで気づかなかったのか不思議なくらい、存在感がある金色の人。
あれだけ人離れした美貌の持ち主なのに、ウエイトレスなどの女子が全く騒がないのが変だ。
誰も気づいてないの?
ウエイトレスもお客のカップルも外を歩く人も、誰一人として彼に気づく素振りがない。
やっぱり、誰も気づかないのは変だ。
なんで、誰も気づかないのでしょうか?
そして、何で私だけ彼に気づいてるのでしょうか?
何かのフラグですか?
目が釘付けです。
彼は私に気づいているらしく、私の方をニコニコというか、ニヤニヤに近い笑みを浮かべてますね。
……何故でしょうか、その笑顔が凄くイラつきます。
手、まで振りやがった。なんだか馬鹿にされてる気がする。何故でしょう。
凄くイラつきます。
「・・・・・・キネ、アキネ?」
「ぇ?」
金色の人に釘付けになっていて、ヴァンとフーガの二人の話思いっきり聞いてませんでした。
ヴァンが私を呼ぶ声で、二人の会話を聞いていないことに気づきました。
「あ……えっと、ごめんなさい。聞いてませんでした」
「知り合いでも……居たのか?」
ヴァンが言いながら、私が先ほどまで見てた方向を見る。
私も一緒に見ました。
案の定、そこに金色の人の姿はありませんでした。
金色の人ってば神出鬼没ですね。最初に会った時から。
未だに彼の名前がさっぱり解りませんけどね。
「……いいえ、私の気のせいでした。その……家族に似た人が居たので、ついじっと見てました」
私の口から、もっともらしい嘘が出た。
よくもまあ、そんな嘘が出たものだ。心の中で自分自身を嘲笑った。
それにどうせ言おうとしても、言うなとか言われるだろうし、存在が朧気過ぎて誰も信じて貰えそうにもないし。……なんだかなぁ。
「……そうか」
フーガは罰が悪そうに、テーブルに視線を落とした。
「……あまり、気を落とすな」
ヴァンも事情を知っているため、先ほどまで明るかった表情が曇った。
「あ……あの、気にしないで。大丈夫だから。で、えっと何の話だったけ?」
口から出たテキトウな嘘で、私以上に二人が気落ちしてしまった。
ごめんなさいね。
「ん、ああ。後で宿に届けるものがある。タニアを助けてくれた礼をしたい。良いだろうか?」
「え? そんな、気にしないでいいから」
「後でタニアと行く。宿の場所も彼から聞いた。だから、好意を受け取って欲しい」
感謝、されるのは嬉しいけど、手段が手段だったため、素直に喜べない。
逡巡してると、隣のフーガが言ってくれた。
「受け取るといい。君が受け取らないと、キャラバンの長としての彼の立場もなくなる」
「そう……ですか。解りました。おもてなしなんて出来ないとは思いますが、お待ちしてます」
そう言うとヴァンが屈託なく笑った。
「気にしなくていい。こちらが礼を言いに行くんだ。……もし、出来たら『神銀の乙女』様にも一度お目にかかってみたいが……」
「…………相談だけは、しておこう」
「そうか。ありがたい」
ヴァンとタニアは悪い人には思えないので、出来る事ならかなと会わせてくれたらいいな。
そしたら、かなにこの世界で出来た友達とタニアを紹介できるし。タニアもかなと良い友達になれると思うし、多分。
まあ、フーガが言ったように「相談」にはなるだろう。
かなは、この世界にとってとても大切な役割の『神銀の乙女』らしいから。
この後ヴァンと別れて、宿屋に戻り、先に戻ってきていたかなたちと合流しました。
そして、ヴァンとかなが会っても大丈夫かどうか相談した結果、クラウやリディル、フーガも一緒なら良いとの結果になりました。
もちろん、私も一人で会うことは駄目だと念押しされました。
ああ、めんどくさい……。