第五十二話
夜会はとても華やかで、まるで御伽話のようだった。
綺羅びやかなドレスで着飾った貴婦人。
彼女たちをエスコートする紳士な男性達。
見た事もない様な御馳走の並んだテーブル。
そこかしこがとても綺麗で、豪華で、違和感だらけだった。
固定観念に近いかもしれないが、豪華な夜会の開かれる会場には、普通はレッドカーペットなるものがあるはずだが。
この夜会には赤い色が一切無い。
青や黄色、緑に紫。黒、白、ピンク。茶色に橙。
それなのに、赤色は一切無い。
ヴァンが赤色は「忌み色」だと言っていたが、ここに来てそれを実感する。
赤い色の一切使われていない、違和感のある夜会。
その中でかなは何を思ったのだろうか?
私は……ただ、この世界が違う世界なんだという認識を改めた位だった。
「美味しい……けど……。いまいち物足りない」
夜会に出ている料理を少しずつ、バイキングにあるような大きめの皿に盛ってテラスへ出た。
違和感を少なくするためか、護衛の二人も小さな皿に少しだけ取って持って出た。
テラスにある椅子に座って御馳走を頂いているのですが、味気なく感じる。
美味しいんだけど、なんだか美味しく感じない。
まあ、理由は言わずもがな。
かなとは一緒に居ることができず、一緒にいるのは護衛(多分監視も兼ねてるだろう)の女騎士二人。
特別人見知りというわけでもないが、共通の会話も見いだせない相手と長時間一緒にいるのは気疲れする。というか、疲れた。
私が夜会に出た理由なんて、かなのお願いとキャラバンの出し物に釣られたからなんだけど。
肝心のかなと一緒に居ることは出来ないし。
キャラバンの出し物もまだ暫く後らしい。
疲れた。暇。
もう帰ろうかな……。
これ食べたら部屋に帰るか……。
かなは別に怒ったりは……しないだろうし……?
私は味気ない食事を食べながら、ぼんやりとテラスから見える庭を見ていた。
以前迷ってたどり着いた中庭とは違う中庭。
あの時よりも大きく、綺麗に整備された中庭。
ってか、このお城。中庭どんだけあるんだよ!?
その中庭に、かなと……クラウが見えた。
夜だから見間違えかも、と思い視力の悪い目をを凝らして見る。
夜会に出る前に、一緒にかなと着替えをしたからなんとなく覚えている。
かなの着たドレスは、夜会にふさわしい華々しく愛らしいパーティードレス。
かなに良く映える淡い桜色のドレス。
私のいる場所からだと、二つの月に照らされて薄い黄色に見えるドレス。
映画に出てきそうな、詰襟の純白の布地に銀の刺繍の入った騎士の正装。
月の光を受け、クラウの白いマントがキラキラと反射する。
襟足まで伸びた茶色の髪も、光加減で金髪に見える。
かなの結い上げた髪も、クラウと同じように光加減で金色にも銀色にも見える。
月明かりの下、物語に出てくる姫と騎士のような、かなとクラウ。
映画やドラマのような光景。
クラウは小走りで先に行くかなの片手を掴んだ。
それにかなが何かを言って、イヤイヤするように頭を振った。
次の瞬間、これまたドラマのワンシーンのように、クラウがかなを引き寄せ、その腕にしまい込むようにかなを抱きしめた。
暫くして、かなもクラウの背中に腕を回し、二人で月明かりの下、抱き合っていた。
少しして、抱き合っていた二人は口づけを交わした。
……ってか、なんで見えるんだろうか?
月夜で明るく感じるからって、ここからだと校舎からグラウンド位の距離あるんじゃないのか?
それくらい遠かったら、私の視力じゃ解らないはずなんだが……?
そう私が思った瞬間、私の視界は一瞬にしてぼやけた。
ぼやけた、というのは語弊があるかもしれない。視力が元に戻ったと言うべきなのかもしれない。
それと同時に、体中の血が一気に駆け巡る。
意識せずに魔法でも使ってたのでしょうか?
でも、そんな魔法とか使えるわけないし……。
それとも、あんな光景を見て興奮でもしちゃったのでしょうか?
生であんなの見たの初めてだし。
でも、どうしましょうかね。
親友のラブシーンを見ちゃいました。
どんな顔して会えば良いのか……。
しかし、本当にドラマ見てるみたいだ……。
暫く遠くに見える二人の様子を、呆けたように眺めていた私に、護衛の二人が声をかけてきた。
「アキネ、そろそろキャラバンの出し物が始まるけど、どうする?」
一応私は、彼女たちの部下という立場で夜会に参加している。
そのため、彼女たちと私が会話していても不自然じゃないように、言葉遣いは上司と部下としての形式を取っている。
振り返って彼女たちを見ると、一人は夜会の会場を、一人は私の方を見ていた。
テラスに出るときに持って来た、彼女たちの皿の中身は綺麗になくなっていたけど。結構盛ってた気がするんだけど……それがなくなるくらいの時間が経過したのかな?
「あ、はい。見てみたいです。大丈夫でしょうか?」
不自然にならない程度に、背筋を伸ばして受け答えをする。
若干猫背気味なのですが、鎧のおかげでいつもよりかは姿勢は良いと思います。
「大丈夫。だから、その手に持っている料理を食べて行きますよ」
「はい」
私は彼女の言われたとおり、手に持っていた料理を急いで食べることにした。
現金なものです。
あれほど味気なく感じた食事も、目的がはっきりしたら美味しく感じるとは……。
食事に使った皿を使用済み皿置きに持って行き、徐々に人だかりが出来る場所に向かった。
広い会場に椅子が少数だけ並べられた。
彼女たちの話で、あの椅子は王族と『神銀の乙女』の為の椅子らしい。
ってことは他の人達は全員立ち見か。
足が痛くなりそうだけど、我慢出来るでしょ。
彼女たちに案内され、見やすそうな位置を確保した。
メイドの人も何人かは仕事を止め、見学場所を確保している子もいた。
誰も何も言わないところを見ると、これがこの夜会での常識(?)なんだろう。
でも、皆で楽しめるのは良いことだと思う。
並べられた椅子に王族や『神銀の乙女』たちが座ってから、キャラバンの代表者が何処からか出てきた。
椅子にはかなも座っていた。
かなは女王の横の席で、私の位置からではかながどんな表情をしているのかは見えなかった。
見たいような、見たくないような……。
私はかなと違って恋とかしたことはないから、もしかなが沈んでいたらなんと言って声をかけて良いのかさっぱりなのです。
恋愛ゲームなどで擬似恋愛を楽しんだ事とかはあるけれども、実際の恋なんて縁がなかったのです。
それはそうと、キャラバンの代表者として出てきた人は残念ながらヴァン達のキャラバンではなかったようで、見知らぬ人年配の女性が代表者として出てきた。
キャラバンの出し物はヴァン達と同じ演劇で、『神銀の乙女』と赤い忌み色の人の話だった。
この演劇でも、赤を纏った人は悪役として登場した。
赤を纏った人は男で、赤い男は異世界から来た『神銀の乙女』を誑かし、その生命を奪うという話だった。
所々で、女神が出てきて『神銀の乙女』に正気に返るように呼びかけるのだが、恋は盲目といったように、『神銀の乙女』はそれを聞かず、やがては赤い男に生命を奪われた。
そんな事があってから『神銀の乙女』を守るべくして、『神銀の騎士』が誕生したそうだ。
演劇も終わり、夜会が終わるまで、かなはずっとクラウと寄り添って夜会に参加していた。
それは見ただけでも、かながクラウに恋をしていると解りやすかった。
両想いのような二人の姿。
私はそれを見て、とても不安になった。