第五話
現実逃避がしたい。
現実逃避がしたいけど、状況把握もしたい。
なんとも、矛盾している。
「それで、その……『神銀の乙女』ってなんですか?」
「ああ、カナエ様も同じことを聞いてきたね。『神銀の乙女』はこの世界を救った女神の御使いとされているんだ」
なんて、ゲームにありがちな話だ。
世界を救うために呼びましたーって落ちなら、こう言おう。
(娘っ子、一人に頼らなければ救えない世界なら、滅んでしまえーーー!!)
と、口が裂けても本音は暴露できません。
命は惜しいのです。
「それで、この世界って?」
「今、私たちが居るこの世界ですよ。名前なんてないですけど、この世界は女神が作りました。女神イシュタリア様がこの世界を作り、育み、慈しみ、支え、そして救ってくださるのですよ」
リディルの口調は何処か、尊敬通り越して神聖視してるような……。って女神様の事なのだから、神聖視をしている、で合ってるんだよ。
「救う……ですか……。えらく、はっきりと言うんですね」
たぶん自分は今きっと、すごく怪訝な表情をしていることだろう。
だって、信じられない。
神様も、女神様も存在してるとは思ってないから。
会ったことも、見たこともないものを、どう信じろと?
リディルはそんなの当たり前のように、満面の笑顔で続ける。
「もちろんです。女神イシュタリア様はこの世界を守り、導いてくださいますからね」
「……この世界には、女神が実在するのですか?」
思ったままを疑問として聞いてみた。
そうすると、リディルはきょとんとした表情になった。
変なこと聞いたかな?
「あなた方の世界では、実在しないのですか?」
「してない……と思う。神様とか女神様とかの話は、宗教や神話、御伽噺の中にしか出てこないもの。実在するって証拠がないの。もっとも、実在しないって証拠もないけど……」
私の話を聞いてリディルは少しして、笑顔で言った。
「この世界には実在しますよ。稀にではありますが、女神が大衆の前に姿を現すことも、聞き及んでおりますし。そして、『神銀の乙女』はその女神の御使いなんですよ」
「なんですよって、笑顔で言われても……第一、かながその『神銀の乙女』って確証はどこにあるんですか? それに、もしも仮にかなが『神銀の乙女』なら、なんであんな危ない目にあわないといけなかったんですか? 女神の力でかなを助けることはできなかったんですか?」
食ってかかる私に、リディルは少し困ったような表情になった。
「それを言われると痛いんですけどね。女神にも何かお考えがあるんですよ。それと、カナエ様が『神銀の乙女』という確証ならございますよ」
一度リディルは言葉を切り、私をじっと見て言った。
「カナエ様は銀の瞳をお持ちですから」
ああ、そういえば、化け物騒動で忘れてたけど、かなの瞳の色が違っていたな。こげ茶色だったのに、気がついたら銀色になってた。
でも、どうしてかなの瞳の色変わってたんだろうか。
「どうして、それが確証になるんですか?」
未だ納得のいかない私は、さらに疑問をぶつける。
リディルの顔から笑顔がなくなり、真剣な表情だけになる。
少し、背筋に寒気が走った気がしないでもない。寒いのかな? と思いたい。
「女神イシュタリア様は銀の瞳に銀の髪。女神に愛されたものは、生まれたときにその色を頂きます。女性も男性も髪の色が寵愛の印とされております。だが、瞳の色は違う」
そういうと、リディルは自分の目を指しながら言った。
「男性の場合、銀の瞳を授かったものは女神と、いつか現れる『神銀の乙女』に剣を捧げる。女性の場合、銀の瞳を持つものは女神の御使いである『神銀の乙女』だけなのです」
そう言ったリディルの瞳は、きっと銀色なんだろう。
部屋は暗く確認はできなかったが、そう直感した。
沈黙が流れる。
私はリディルの言った言葉を、意味を理解しようとする。
あまり、おつむの出来が良くないけれども、たぶんこういうことだろう。
銀の髪の色は女神の寵愛。
銀の瞳は女神の御使い。
うん、たぶんこんな感じ。
でも、何故かななんだろうか?
そこが理解できない。
「あの」
「明日、『神銀の乙女』の役割などをカナエ様を交えて話そうね。今日はもうお休み。まだ、疲れているはずだよ」
リディルは質問をさせないように、口を挟んできた。笑顔の気がするが、どことなく背筋が寒い。
「知らない人が居ると、眠りにくいだろ? でも、護衛しないといけないからね。悪いけど、部屋に居させてもらうよ」
そう言って、リディルは立ち上がって窓際の椅子に移動した。
これ以上は何も答える気はないと、リディルの雰囲気がいっていた。
まあ、一度にたくさんのことを理解しようとしても、おつむの弱い私には難しいだろうし。
リディルの言う通り、体が怠く疲れているとは思うので、大人しく寝ることにする。
大雑把だけど、今現在の状況は理解したつもりではいる。
この世界には女神が実在する。
女神の持つ、銀の色を持っているという選民意識が、リディルの様子からもきっとあると思う。
そして、女神の御使いである『神銀の乙女』が、かな。
リディル……たち。「私たちが助けた」と言っていたから複数人。リディルとリディルの仲間の人のおかげで、私とかなは助かった。
助けたことには、意味がある。
『神銀の乙女』は何らかの役割があって、この世界に呼ばれたはずだから。
そして、その役割は明日かなと一緒に話を聞くと。
ところで、かなが『神銀の乙女』として呼ばれたのはわかったけど、私は?その場に居合わせただけで、一緒にきちゃったとかいう落ちだったらどうしよう……。
何かあるのも嫌だけど、何もないのも嫌だな。
我侭だな、自分。
足りない脳みそで、色々考えているうちに私はいつの間にか眠っていた。
神様。
神様、神様。
実在するなら、悪態ついてすみませんでした。
ですから、どうか。
私とかなを元の世界に戻してください。
どうか、元の世界に戻してください。
主人公と色男の二人のシーンですが、まったく色っぽい関係にありません。むしろ、殺伐。
主人公がヒーローで、かなちゃんがヒロインになりそうな勢いです。