第四十六話
部屋に案内された私は、かなを待っていた。
フィンはかなが戻ってくるまで外に居ますって言って、部屋の外で待機しているらしい。
護衛って、いつまでするんだろうね? 労働条件とかってどうなってるんだろう。
かなが戻ってくるまで私も起きてることにした。
でも、携帯ゲーム機があるわけでもなく、小説や漫画など本は無かったため、何もすることが無かった。そのため、私に出来る部屋の中での時間つぶしは、窓の外を眺めることだった。
けれども、忍び寄る睡魔に勝てずに窓辺の椅子に座ったまま、いつの間にか寝てしまっていた。
夢を見た。
かなが帰ってくるまでの短いような、長い時間。
夢を見た。
多分、今日読んだこの世界の子供向けの絵本の影響かもしれない。
もしかしたら、ヴァンやタニアに会ったからかもしれない。
もしくは、あんな凄い演劇をみたせいかもしれない。
何処か懐かしく、嬉しいような哀しいような夢を見た。
それは、一言で言うなら赤い人だった。
きっと、あの赤い人は男。
その傍らには、金色の人。
赤い男と向き合うのは、銀色の女。
赤い男の後ろには、かなに似た可愛い少女。
少女は茶色の髪に銀色の瞳をしていた。
赤い男は少女を守るように、銀色の女と対峙していた。
言葉は何も聞こえない。音も何も聞こえない。
背景も、何も、無い。何もない、広い空間。
見えないほど暗くもなく、眩しいほど明るくもない、目に優しい明るさの空間。
ただ、彼らが居る。
私はそれを見ていた。
何を話しているのか聞こえないが、赤い男は身振り手振りで銀色の女に訴えかけていた。
後ろの少女は怯え、銀色の女は赤い男など見ず、後ろの少女ばかり見ていた。
傍らに居る金色の人は、ただただ哀しそうな表情だった。
一度だけ銀色の女は金色の人の視線を向けた後、再び視線を少女へ戻し、片手を上げた。
すると、少女は突如苦しみだし、蹲った。
赤い男は後ろを振り返り叫びながら、少女を抱き起こした。まるで恋人同士のように。
やがて、少女は涙を流しながら赤い男と見つめ合ったまま、事切れた。
赤い男は悔しそうに悲しそうに、涙を流しながら少女の骸を抱きしめた。
銀色の女と傍らに居た金色の人が立ち去ろうとすると、赤い男が何かを言ったのか、銀色の女の足が止まって、振り返り赤い男を睨みつけるように見た。
赤い男も少女の骸を抱いたまま、銀色の女を睨みつけた。
その目には、憎悪と悲哀が混じっていた。
赤い男の口が開き、何かを銀色の女に向かって言っていた。
次第に銀色の女の表情が変化していく。人を見下したような微笑みから、イラついたような表情へと。
銀色の女が片手を上げようとすると、それを隣に居た金色の人が止めようと銀色の女の腕を掴んだが、銀色の女はそれを振り払うようにして、片手を高々と上げた。
赤い男は憎悪と悲哀の混じった目で、銀色の女を見ながら何かを言った。
銀色の女は高々と上げた片手を下ろし立ち去って行った。金色の人もそれを追いかけるように、赤い男と少女の骸を残して立ち去った。
砂時計の零れ落ちる砂のように、赤い男はサラサラと消えた。少女の骸を残して。
少女の骸だけが残った。
私は少女の骸に近づいて、少女の顔を覗き込んだ。
遠目見ただけだった少女の顔は。
「……ん。あきちゃん」
あれは、見たことある顔だった気がする。でも、思い出せない。
誰かが私の肩を揺さぶる。靄がかかったように、意識ははっきりしない。
起きている気がするのに、なんだか寝てる気分。微睡みという感じ?
「もう、こんなところで寝て……風邪引いちゃうよ」
近くで少し呆れたように言う声を、私は知っている。かなの声。
なんだか、凄く久しぶりに聞いた気がする。
「私が」
誰かがそう言った。声に聞き覚えがあるような、ないような。
「運びます」
頑張れ私。頑張って起きるんだ。
でも、意思に反して体は起きてくれそうにない。だから、せめて喋って意思表示をと思っても、喉から出る声はカラカラに乾いているのか「あー」とか「うー」とか上手く喋れなかった。
起きようとする程、より微睡みは深くなっていく気がする。
まるで沼から抜けだそうと藻掻いたら、より深く沈んだようなそんな感じだ。
起きてくれない体は、誰かに抱えられベッドへと横たえられた。手数掛けます。
「ありがとうございます」
かなが感謝の礼を述べた。
誰かはこんなことは何でもないです、と言ってお休みなさいと挨拶を済ませて部屋を出て行った。
私が横たえられたベッドの横、かなのベッドにかなは腰掛けて寝てるだろう私に向かって呟く。
それは、相談したいのか独り言なのか判別が付きにくかった。
「あきちゃん……どうしよう……どうしたら、いいのか……解らないよぅ……」
泣き出しそうな、悲しそうなかなの声に、私は微睡みの中で「大丈夫だよ、かな」と言っていた。
私の言いたいことは言葉にはならず、かなには届かない。
それでも、かなは続けて言う。
「好きになっちゃいけないのに、元の世界に戻らないといけないのに」
ああ、もうそれだけでかなが何を言いたいのか解った気がする。
かなはちょっと惚れっぽい。
元々かなは同姓にも異性にも好かれやすい性格だし、今は『神銀の乙女』だから皆がかなにより好意的になってる気がする。
でも、こんな話はもっと先の事だと思ってたんだけどなぁ……。
「……どうすればいいの、あきちゃん? 帰らないといけないのに、私……」
そう、私は。私とかなは元の世界に、日本に、家族の所に帰らないと。
特に私はこの世界に必要とされてるわけじゃないから、帰ったところで文句も出ないだろうし。出されても困る。
例え、心配するのが親姉妹だけだろうと、私は私の世界に帰りたい。
きっと、かなも同じ。
だから、この世界で好きな人が出来るのは、帰るときに困る。
いざ、元の世界に帰れるようになっても大好きな人が、大切な人がこの世界に居るのならばと、帰るのを躊躇うことになるかもしれない。
でも、きっと好きな気持は勝手に育っていくものだから、だからかなは今どうすれば良いのか解らずに、泣きそうな辛く切ない気持ちになっているんだろう。
私は、そんな胸がキュンとするような恋愛なんかと縁遠かったから解らない。避けていたのかもしれない。人の心は複雑怪奇で、めんどくさそうだから。
浮気だのなんだのと、裏切られたりするのも嫌だし。
私は平々凡々だから、もし好きな人が出来て恋人関係になって、浮気されたらとか考えると、私はきっと怒ったりしても必死になって奪い返すなんて気概は持てないだろう。
ああ、うん。そうなんだ。解った。とか言って、その人を諦めそうな気がする。
だから、時々かなが羨ましいと思う時もあった。
素直に誰かが好きだと言える。誰かを好きになれる、かなが羨ましい。
寝ているだろう私に向かって、かなは続ける。
でもごめん、かな。全部聞いてたりする。
若干寝物語になってるけど。
「私……クラウさんのこと、好きになっちゃいそうだよぅ……。帰らないといけないのに、好きになっちゃいけないのに。どうすればいいの……」
かなはそう言った。
かなの言った「クラウさん」きっと、『神銀の騎士』のクラウ・ソラス・アガートだろう。かなの大好きなタレントの伊勢君似のクラウ。
お似合いなんだとは思う。
応援したい気もする。
でも、ここは私たちの居た世界ではない。
異世界だから。
だから、私はかなの恋を応援するべきか妨害するべきか、どうするべきか判断がつかなかった。
やがて、私は落ちるように意識が途切れた。
久々のかなちゃん登場です。
でも、あんまり会話が出来ないのは、主人公が寝こけたせい。