第四十四話
私とフィン、ヴァンとタニアは四人で八畳ほどありそうな宿の客間を借りた。
太陽は既に落ち、部屋はランプのような備え付けの照明が部屋を明るく照らす。
部屋に入るとき、案内した酒場のオヤジが壁を触って明かりを付けているところを見ると、使い勝手は私たちの居た世界の照明に近いのかもしれない。
照明であるランプには火が灯っているのを見ると、電気ではないようだが。
質素だけどセンスの良い壁飾りなどがあり落ち着いた雰囲気の客間には、良質そうな木製のテーブルがあった。
テーブルには私とフィン、反対側にヴァンとタニアといった感じで席についていた。
「えっと、向かい側の男性がヴァン……。隣がタニア。フィンさんと逸れた後、お世話になってたの」
別に、フルネームが思い出せなかったとかじゃ……。
思い出せなかったので、略称で紹介してしまいました。
「ヴァンヴァロール・オージンです。キャラバンの長を務めています。この度はキャラバンの仲間である、タニア・イミルがアキネに助けて頂いた。感謝として、アキネの手伝いをさせてもらったまでです」
ヴァンは軽く会釈をして話し始めた。ってか、言葉遣いかなり違いませんか?
そういえば、この世界の騎士職ってどの位の地位になるんだろうか?
エリートサラリーマンとかそんな感じなのかな?
聞いてないから、さっぱりだなぁ。
ヴァンが丁寧な言葉遣いってことは、それなりに地位とかありそうだけど。
「タニア・イミルです。私が暴漢に絡まれていたところを、アキネさんに助けて頂きました。こちらこそ本当にお世話になりました。おかげで、今日の公演に遅れたりせずに済みました」
タニアは穏やかそうに微笑みながら言った。
「そうですか。私と逸れてしまった後、色々と大変だったのですね。アキネ様にそのような大変な思いをさせるなど、本当に申し訳ありませんでした。なんと言ってお詫びをすればよいか……」
フィンはまだ謝り続ける。
確かに、フィンは仕事で護衛をしていたんだ。決してボランティアなどではない。
もし、これで何かがあればそれこそ大問題だったんだろう。今回は何もなかったから、よかったけど。
私が罵声を浴びせたりしても、悪いのはしっかりと護衛をしなかったフィンになるんだろう。
だから、フィンが責任を感じて謝るのは変なことじゃないけど……。
けど、別にフィンだけが悪かったわけじゃないし、何も無かったから私的にはもういいんだけどなぁ。
「フィンさん、私こそ勝手に行動してごめんなさい。あんなに人が多いんだもの、勝手な行動したら逸れるのは当たり前なのに……。本当にごめんなさい。そんな訳だから、この話はこれで終わりにしない?」
フィンは少し驚いたように、目を見開いて私を見た。そして、穏やかな笑顔で言った。
「アキネ様がそう仰られるのであれば」
フィンはそう言うと、これ以降逸れたことへの謝罪は言わなくなった。
その後は、宿の食事を頂いて城へ向かう馬車を待つことになった。
今日の街での予定は、夕方の市とか言うのを見た後、パレードを見てご飯を食べて城に戻るって予定だったのに……。よもや、迷子になっている間にそんなに時間が経っていようとは……。
キャラバンの演劇は、パレードの最中に行われていたらしい。
いいのか、その時間帯で。
宿の客間で食事をしながらタニアにも、私が異なる世界からかなと一緒にこの世界に来たことを説明した。もっとも、金色の人の話はしていないが。
もちろん、フィンはそのことを知っていたようだし、ヴァンには二人っきりの時に話していたから、二人は驚いたりはしなかったようだ。タニアは驚いてたけど。
その後からの雑談では、タニアが色々なことを説明しながら話してくれた。
あの国は何が特産でこれが美味しいなど、お勧めの化粧品メーカーや大手の服屋など色々なことを。
だから、私はキャラバンが何なのか、タニアに聞いてみた。
街から街へと行く間、魔物や盗賊などに襲われたりしても撃退できるように、商人や商人の雇った護衛で商隊を組んで移動をするキャラバンと、ヴァンたちみたいな、定住せず世界中を旅をしながら芸や商いをして回っている者たちのキャラバンとの、二種類があるとのこと。
一般の人が街から街へ行くときは、このどちらかのキャラバンに引っ付いて移動する馬車に乗るのが一般的とのこと。魔物や盗賊などにあった場合、護衛が優先して守るのはキャラバンではあるが、護衛の力が及ぶ範囲では助けてくれるらしい。そのため、乗車料は若干割安になっている。
他にも、国が定期便と名づけて時間を決めて、出している護衛付きの馬車があるが、こちらは安全度が高くなる分料金も割高になっている。また、キャラバンに引っ付かずに単独に行く馬車もあるが、これはかなりの危険度が伴うため割安だが、出す人も使う人も少ないらしい。
蛇足だけど、ヴァンがタニアに「バンチョウ」と呼ばれてたのは、ヴァンがキャラバンの長だから、ヴァンと長を合わせて「ヴァン長」だったらしい。
なんだ、番長じゃなかったんだ……ってそりゃそうだ。
馬車の待合所のような場所には、この街に来たときに馬を預けに行った詰所の兵士が、馬を引いて待っていた。フィンは馬を受け取ると、私に聞いてきた。
「その、アキネ様。私と二人乗りと馬車のどちらが宜しいでしょうか?」
「馬車でお願いします」
即答した自分。失礼だな。
でも、無駄に心臓に悪そうな事は回避したい。
というか、暫くの間誰かと体を引っ付いたりするような、近い距離は全力で遠慮したい。
まあ、かなやタニアとか女の子だったら、そんなに気にしないけど。
男性とかは断固拒否したい。
別に、ノーマルですよ。恋愛感情とかも普通のはずよ?
でも、心臓に悪いじゃない。
だからさ……って、誰に言い訳をしているんだか。
兎に角、馬車ならそんな心臓に悪いことはないはずだし!
フィンが馬車の御者と何か話してる間、私はタニアとヴァンと待合所のベンチに座っていた。
「そうだ、ヴァン。あの絵本、ありがとう。ここまで持ってきちゃったけど、返すね」
「いや、いい。貰ってくれ。タニアを助けたから、お土産を買ったりもしてないんだろう?」
「……お土産……わ、忘れてた」
すっかり、今の今まで、忘れてました。
かなちゃんへ、ごめんなさい!
落ち込む私。
肩を揺らしながら笑うヴァン。
タニアは何かを私に差し出してきた。
「……これは?」
「その、お土産にならないかもしれませんが、どうぞ貰って下さい」
差し出されたものは、小さな白い犬のようなぬいぐるみ。背中に羽のような突起物があることから、白銀竜を模した物なんだろう。携帯電話位小さいのに、とても細かく作ってあった。
「可愛い……手作り?」
「手作り、と言えば手作りですね。錬金魔術で作られてます」
「魔法で作ってあるの?! 凄い……可愛い……」
私はタニアから受け取った、小さな白銀竜のぬいぐるみに魅入った。
「気に入って頂けて、よかった。これは、演劇を見に来てくださった人に配ってるんです。アキネさんも見て下さったんですから、遠慮なく貰ってください」
タニアが笑顔で言ってくれた。
今はヴァンの足元に居る、白銀竜。その子を模して作ったのであろう、小さなぬいぐるみ。
「ありがとう、大事にする!」
「ああ、そうだ。これも貰え」
そう言ってヴァンが押し付けてきたのは、小指ほどのサイズの薄いピンク色をした水晶だった。
「もし、俺たちの力が必要な時があれば、これに魔力を流しこんで壊してくれ。そうすれば、直ぐってのは難しいが、必ず駆けつける。駆け付けて、お前の力になる」
「え? そ、そんな。今日会ったばかりの私なんかに、そんな事言わなくていいよ」
ヴァンやタニアには失礼だけど、私はさっさと自分たちの居た地球のある世界に帰りたいから。
だから言われた時、ヴァンたちの力が必要になる場面なんてこなければいい、とか思った位だし。
私はヴァンに押し付けられた水晶を返そうとしたが、ヴァンは受け取ろうとはしなかった。
受け取りを拒否しているヴァンは、真剣な表情だった。
「アキネさん、貰ってあげて下さい。ヴァン長、よほどあなたの事が気に入ったんです。それに、私も恩返ししたいですから。お願いします」
タニアにまで言われた。しかも、笑顔で。
「そう……。それじゃあ、使わないと思うけど……。ありがとう、貰っておくね」
私は仕方なく、ヴァンに押し付けられた私の手の中で転がる薄いピンク色の水晶を貰うしかなかった。
そうこうしていると、馬車が出発の時間になったらしく、待合所にいる人に馬車に乗るようにと御者が促した。
街に出てきたのに全然街の風景書かずに、城に帰還しそうだ。
に、賑わう街ってことで。城下街だし。
次で久々にかなちゃん登場(予定)です!