第四十三話
どのくらい、そうしていたのか私には解らなかった。
一分一秒がとても長く終わりがないように感じるような、そんな体験始めてだったから。
ヴァンはステージ衣装から、会った時と同じラフな格好に着替えていた。
抱き締めている腕は私より少し高い体温で、なんだか頭が沸騰しそう。
白いシャツから伝わるのは、血が脈打つ音。
ドクンドクン、と。
心なしか早い気もするが、自分以外の血が脈打つ音とか聞いたのとか初めてだから、よく解らない。
……この状況はなんだかよく解らないけど、ドクンドクンと血が脈打つ音を聞いてるのは、少し心地が良い。
「……アキネ?」
ヴァンに抱き締められてあんな言葉まで聞かされたのに、何の反応も返さない私を怪訝に思ったのか、伺うようにヴァンは私から少し体を離した。
体を離してくれたおかげで、真っ暗だった視界が色を取り戻す。
視界が色を取り戻し、思考が少しずつ回り始める。
回り始めてから、先程までの状態や、ヴァンが言った事を理解できる状態になってきたら、凄く凄く恥ずかしくなってきた。
恥ずかしさは加速を増し、ヴァンの腕の中に居た時よりも比じゃないくらい、頭が沸騰してきた。
沸騰した頭で何を血迷ったのか、血迷ってないのか。それすらも解らない。
解らないが、沸騰した頭は言葉を勝手に紡いで、体を動かした。
「…………ヴァンの、ド変態ー!!」
別に普段口より手が早い訳じゃないわよ。
ただ、今の私の状態がゲームで言うところの混乱状態だったから……と言い訳をしてみる。
私が取った行動は、ヴァンにボディブローでした。
「……っぐ……。せめて……、嫌なら……嫌だと言ってからにしてくれ……」
どうやらクリーンヒットしたらしく、ヴァンは腹を片手で押さえながら怯んだ。
「っう……。だ、だってヴァンが……。ヴァンが悪いんだから! あ、あんな事、他の人にすればいいでしょ!」
ヴァンを殴った自分の手を庇うように、胸の上で握りしめる。
私はヴァンの行動にもだけど、自分の取った行動にも驚いている。
ヴァンはそれだけ言うと、暫く痛みに耐えるように無言だった。
少しだけ落ち着くと、殴ったヴァンが怒ったりしないか不安になってくる。
「……その、ごめん……ね?」
先に暴力に訴えたのは私だから、どちらかといえば私が悪かったと思うので、一応謝ってみた。
ヴァンの様子を伺うように、痛みに俯いているヴァンを覗き込んでみた。
後で思うと、あんな事をされた後だというのに迂闊だった気もする。
覗き込んだ私を気遣うように、ヴァンは少しだけ笑顔を作った。
……痛いところに入っちゃったか。悪かったかなぁ。
ヴァンはまだ痛いんだろう、何処か引きつったような笑顔で、私の頭をぽんぽんと撫でるように叩いて言った。
「悪かったな。……タニアのところに行こう」
ヴァンはそれだけ言うとサッと踵を返して、タニアが待っているという場所へと向かい始めた。
呆気に取られた私は、ヴァンに置いて行かれそうになって慌てて付いて行った。
道中、ヴァンに好きな人や恋人は居るのかという質問には、つい怒ったように「居ませんよ!」って答えた。
図星を指摘されて焦ってたわけじゃない! と……言いたいけど言えないか。事実だし。
そしたら、ヴァンは楽しそうに笑って「そうか」とだけ言った。
広場についたときタニアに案内された、宿屋のような建物にヴァンは私を案内した。
酒場兼食堂のような一階の入り口の受付カウンターのような場所で、タニアは待っていた。
タニアは私を見ると、小走りで近づいて来て嬉しそうな笑顔で聞いてきた。
「アキネさん、お待ちしてました。如何でしたか、楽しんで頂けました?」
「凄かったよ! 私、感動した! 」
タニアの笑顔に、私も笑顔で答える。
私はタニアが魔女役をしていた演劇を思い出していた。その後の事まで思い出してしまい、顔が熱くなってきた。
「アキネさん、なんだか少し顔が赤くないですか……? 風邪でも引きました?」
こんなところ凄かったよ、などと説明をしていた私がいきなり黙ったものだから、タニアは首を傾げながら私の様子を観察していたようだ。
ヴァンの行動を思い出して、恥ずかしくなって赤くなったなんて言えるわけもなく、取り繕うように
「大丈夫! 何でもないから、大丈夫だよ。風邪とかも引いてないし……」
と言っても、タニアは信じる様子はなく、私から視線を外し迎えに行ったヴァンを見ていた。
「……バンチョウ?」
何処から声を出しているのか気になるくらい、低く怖い声をタニアが発した。
タニアと向かい合っていた私からはヴァンの顔は見えなかったが、ヴァンを振り返ってみるほどの勇気は今の私には無かった。
「何だ?」
「……アキネさんは、私の恩人です。失礼のないようにお願いしますよ」
「解っている」
後ろで淡々と聞こえるヴァンの声に心の中で悪態を吐きながら、冷静さを取り戻そうとかなは何をしているかなと思ってみる。
「あ」
そこで思い出した、フィンの事。
大変申し訳ないです。今まで、すっかり忘れてた。
城から城下街に一緒に来てくれた、サティの息子のフィン。
金色の人のせいで、フィンが私に迷子予防の術をかけていたらしいのですが、それが効かなくなって逸れた。色々あって、今タニアやヴァンたちの協力のおかげで、フィンが見つかったらしい。
いや、見つけてもらったってのが正しいんだろうけど。
「あの、連れが見つかったって聞いたんですけど」
ヴァンが私を呼びに来た理由だったと思う。
「ああ、そうだったな。連れはフィンって名前の騎士でよかったよな?」
私はそれに少しだけ嬉しそうに頷いた。
ヴァンは一瞬むっとしたような表情をした気がした。
多分、気のせいってことで、気にしないことにする。
「その人ならこの先でアキネさんをお待ちしています。行きましょうか」
「はい、お願いします」
タニアに案内され、入口付近から奥へと進む。
タニアに案内された奥にある食堂には、四人がけのテーブルが所々に置いてあった。
そのひとつに、キョロキョロと辺りを見回しながらテーブルに着いている、フィンが居た。
フィンは私の姿を確認すると、椅子から立ち上がって小走りで近づいて来た。
「アキネ様!」
目の前まで来たフィンは私の体を頭から足まで見た後、心配そうな顔で「怪我は?」や「今まで何処に?」とか矢次早に聞いてきた。
もしこれが男性だったら遠慮無く掴んで何処も怪我などしてないか確かめるんだろう、でも私が女性だから触れずに、フィンの手は上げられて何もせずに下げられた。
「だ、大丈夫ですから。フィンさん、落ち着いてください」
フィンは少しバツの悪そうな表情をした後、真顔に戻って頭を深く下げてきた。
「申し訳ありませんでした。術に頼りすぎていた私の不覚でした。本当に申し訳ありませんでした」
食堂は騒がしい私たちに注目が集まって、そんな中で騎士の格好をしたフィンが私に頭を下げているものだから、私は凄く焦った。
「いいです、いいですから、頭を上げてください。こんな人の多い場所で、恥ずかしいですから」
「ですが……」
フィンは渋々だったが頭を上げてくれた。
「ここで立ち話はなんだ、部屋を借りてそこで話そう」
ヴァンはそう言って酒場のオヤジに話をしに、入口付近のカウンターに行った。
五分前後で話がつき、宿の二階にある客間へと案内された。
私はそこで、フィンに逸れた後のことを説明しなければいけなくなった。
なんというか、私ってば二十歳も超えて、社会人としてそれなりに生活してきたのに……。
迷子で人に迷惑をかけるなんて……。
おのれ、異世界。
おのれ、金色の人。
いい年して恥ずかしいです。
穴があったら入りたい。
そんな心境の私なんてさておき、話し始めることになった。
大変遅い更新になったことを、お詫び申し上げます。
言い訳になりますが、主人公のあきちゃんがフリーズすると物語の歩みが亀になった。この話は難産でした。
でも、恋愛ものを書いてみたいって気持ちから書き始めたので頑張って行きます!
引き続きお付き合いお願いします!