第十四話
「シロちゃん、ルーちゃん。ありがとうございました」
城に戻って厩まで到着すると、馬から下りたかなが馬の首を撫でながら言った。
「ありがとうね」
私も感謝の意味を込めて、馬の首を優しく撫でてみた。
彼女たち(馬だけど)もお礼を言われて喜ぶように、鼻を鳴らした。
「おかえりなさいませ、カナエ様、アキネ様。湯浴みの用意ができております。慣れない馬での移動の後です、疲れを癒していただくためハーブの薬湯にしております」
厩にはいつの間にかサティがお迎えに来ていて、満面の笑みをくれた。
凄腕メイド、ここに見参。
メイドのサティは、私たちの帰りをお待ちしていたようです。
でも、私たちが帰ってくる時間なんて、解ったものじゃないはずなのに。
湯浴みの用意が整っているとは?!
……恐るべし、凄腕メイド。
「それでは、リディル様、フーガ様失礼しますね。さあ、こちらです」
騎士二人に簡潔な挨拶を済ませ、サティはずんずんと進んでいった。
「え? あの……。えっと、リディルさん、フーガさん。大変お世話になりました。すいません、これで失礼します」
「うん、またね。カナエ様、アキネさん。ゆっくりしてくるといいよ」
「すみません、失礼します」
こちらも簡潔に挨拶をして、サラを追いかけることにした。
リディルは会った時からの口調で、フーガは無言ながらも軽く会釈をくれました。
「さ、サティさん、待って下さい」
少し距離の開いたサティの背中を、かなが小走りで追う。
私はかなの後を追って、こちらも小走りになる。
かなの声が聞こえたのか颯爽と歩くサティの速度が緩み、こちらを振り向いた。
「あら、申し訳ありません。気が急いて、少し早く歩きすぎました」
「何か……あるんですか? 急ぎの用事とか」
私の質問にサティはにっこりと微笑み、断言されました。
「いいえ。カナエ様たちがお戻りになられるのを、今か今かと待ちわびていましたので」
それから、歩調も落ち着いたサティに案内されて、浴場へと着きました。
浴場に着くまでの間に、サティにどうして自分たちが戻ってくるのがわかったのか尋ねた。
まあ、答えは単純で。見張り台の方に私たちが戻ってくるのが見えたら呼び鈴を鳴らしてもらったらしい。
もっとも、見張り台に呼び鈴は何種類かあるらしい。
敵襲を伝えるための城下町にまで音が届きそうな警鐘や、他国からの来賓が見えたときに場内に知らせる呼び鈴など色々。
話を聞いてると、見張り台というよりかは会社などの受付窓口みたいだった。一方的なだけど。
「到着しました。さあ、どうぞお入りになってください」
サティは大きめの片開きのドアを開け、部屋に入ると部屋の入り口で靴を脱ぎました。
目下に見えるのは、見たことのあるもの。
これは、よく小学校や中学校の下駄箱にありました簀!
異世界にもありました。
「かな……すのこがある」
「すのこだね。……というか、なんか温泉の脱衣所みたいな感じだね」
かなの表現するとおり、この部屋は脱衣所みたいな感じでした。
入り口は床に簀があり、その先は一段高くなっている。
一段高い床の素材は絨毯よりかは水捌けの良さそうな素材で、素足でも気持ち良さそうでした。
サティは靴を脱ぎ終えると簀に上がり、靴を床の端によけてました。
「カナエ様、アキネ様。どうかなさいましたか?」
部屋を見て、呆然としている私たちにサティが首をかしげた。
「あ、いえ。なんでもありません。行こう、あきちゃん」
「うん。そうだね。お風呂冷めちゃうしね」
サティに促されて部屋に入った。
部屋は大きさは衣装部屋ほど大きくは無いが、二~三十人くらい一気に着替えることができそうな広さで、これで籠をおいた棚やロッカーなんかがあると完璧に温泉の脱衣所だった。
入り口の正面は壁だが、左はどでっかい鏡があったりバスタオルのようなものが用意されている棚などがあった。
反対に右側は全面スライド式の窓ガラスになってて、奥には温泉だろこれ、と突っ込みたくなるような露天風呂が見えた。
「えっと、かなさん。ここは、異世界でしたよねぇ……?」
「ええ、あきねさん。日本じゃなかったかと思いますよ……?」
驚愕のあまり、言葉遣いが変になりました。
きっとかなも同じことを思ったのだろう。乗ってくれてます。
「ここは十代前の『神銀の乙女』に伝授された、お風呂という機能でございます。時代に伴い、今の形に落ち着きました」
サティは説明をしながら、入り口に衝立を置いていました。
入り口からドアを開けても、直には見えないように。
こんなところも、日本と良く似ています。
「お風呂は……一般家庭にも普及してるのでしょうか?」
素朴な疑問をかながサラに聞いた。
お城の造りは西洋風なのに、中にあるのは和風のお風呂。ギャップがあります。
これで一般家庭の建物も、ヨーロッパなどにありそうな古風な西洋洋館に和風のお風呂だと思うと突っ込みを入れたくなりますね。
「あいにく、この世界にはお風呂の機能は一般家庭に普及するほどの建築技術はありません。カナエ様たちの世界では一般家庭にもお風呂があるのでしょうか?」
どうやらこの世界には普及はしてないらしい。突っ込みは入れなくて済みました。
「あ、はい。私たちが居た世界では……というか、日本では一般家庭に古くから普及していましたし、温泉も昔からありました。だから……その……」
かなは一度言葉を区切り、少し迷った末言った。
なんとなくわかる。かなが何を考えているのか。
私たちが居た世界のことを言って良いものなのか、かなは戸惑っている。
「……今この場所を見て驚いています。私たちが居た世界の施設にとても似ているので」
「そうでしたか。……なんだか、カナエ様たちの世界とこの世界が繋がっている様で嬉しいものですね。ゆっくりと疲れを癒して下さい」
「はい。ありがとうございます」
かなは元気に返事をし、それを聞いてサティは少しほっとしたように微笑んだ。
きっと、出かける前にあんなこと言った手前、サティはサティでかなり気になっていたんだと思う。
脱衣も終わり、スライド式の窓ガラスを開けて部屋の外へと出てみる。
しかし、良く見れば見るほど、似ている。
脱衣所の換気口が部屋の上の辺りについているところだって似ているし、何より露天風呂の造りが似ている。
石で浴槽を造り、その中にお湯が張ってある。
周りには枯山水のような庭がある。
ここに植えられている植物は、日本に馴染み深い松や椿のような植物だった。
名前まで同じかはわからないが。
どうやらお風呂のある場所は建物の外側になるようで、庭は囲いのような板で外からは見えない構造になっている。
でも、奥に囲いのような物の先に城の壁のようなものが見えるので、完全に外側ではないのかもしれない。
まあ、覗かれなければそれでいいけど。
なんだか、自分が異世界に居るという実感が薄れる時でした。
神様の居る世界で神様へ、って言うのもなんだけれども、今だけ感謝します。
実はお風呂、というか温泉好きなんです。しかもかなと一緒に貸切とか……。
万歳、異世界。