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朝からずっと頭が痛い。
こめかみを押しているとウィルがサロンに入ってきた。
「リル、大丈夫?体調があまり良くないって聞いたよ?行くのやめる?」
「ありがとう、ウィル。大丈夫よ。」
今日は聖火祭の最終日、王宮夜会の参加は貴族の義務だ。この程度の頭痛で欠席する訳にはいかない。
「昨日は最後までエスコート出来なくてごめんね。」
「大丈夫よ。ねえ、ウィル。少しだけ肩を貸してくれないかしら?」
「うん。おいで。」
私はウィルの肩に頭を寄せる。
「まだ少し時間があるから眠るといいよ。」
「ありがとう。」
私は安心する体温を感じながらゆっくりと目を閉じた。
「あの、私。ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったの。でもウィル様が...」
「えっと、貴女は?」
私の前に1人の少女が震えながら俯いている。
泣いているのだろうか。
「ウィル様が私のこと好きになってくれたの。だからごめんなさい。」
「ウィルが?貴女何を言っているの?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「ちょっと...」
少女の手が私の腕に触れる。
顔を上げた少女の特徴的な真紅の瞳が私を射抜いた。
「リル、リル!」
眩しい。
目を開けるとウィルの焦った顔が近くにあった。
「大丈夫⁈うなされてた。」
ウィルが私の額を撫でる。私はその優しい温もりに無意識に擦り寄った。
「夢を見ていたみたい。」
でも覚えていない。嫌な夢だった気がする。
「やっぱり夜会に行くのやめる?」
「ありがとう、心配してくれて。でも大丈夫よ。無理はしないわ。」
「分かった。ずっと側にいるから、辛くなったらすぐに言うんだよ。」
「ええ、約束する。」
私は悪夢を振り払うように、もう一度瞳を閉じた。
初めて参加した王宮の夜会は、その全てが煌びやかで美しかった。
細部に渡る装飾だけでなく、参加者や給仕に至る全てのものが計算され、この空間が完成していた。
「素敵...」
「そう?眩しいだけじゃない?この中でリルが1番綺麗だと思うよ。」
嬉しいけれど、私より貴方の方が綺麗だと思う。
さっきから周りの視線がすごい。私がここを離れたら、あっという間にウィルは美しい花に囲まれるだろうな。
私はウィルを上から下まで眺めた。
今日のウィルの正装は私とお揃いだ。お互い黒を基調とした大人っぽいデザイン。
鮮やかな色のドレスを纏う人達の中に、敢えて、シックなペアのデザインで目立つ作戦だ。
今回のこの服もお母様とアンネお義母様がドレス工房に入り浸って考えたものだった。
私のドレスには装飾は少ないものの、金糸をふんだんに使って刺繍が施されている。そして、ウィルの胸元には私の瞳と同じ、複雑な色合いのオニキスが輝いていた。
ウィルは黒が良く似合う。
この服のデザインは私よりウィルの方が似合っているんだろうな。
少しだけ敗北感を味わっていると、ウィルに顔を覗き込まれた。
「リル。リルの考えている事は何となく分かるけど、間違いだよ。皆んなが見ているのは、君だ。まあ、離れるつもりはないから大丈夫だけどね。もう失敗はしないよ。」
「ウィル、失敗なんてした?」
「うん。前回大失敗したよ。」
「そう?」
会話の途中で会場が一気に静まり返る。
私達も壇上に向かって頭を下げた。




