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アーレント王国は、アランティウス神の使徒である聖人の子によって500年程前に作られた。
それは聖人に天啓が降りたことにより始まったとされている。聖人は我が子に、ティリウス聖王国の一部であった土地に新たな国を興すことを命じた。
魔物が溢れるその土地を、聖人の子は譲り受けた父の力で切り開いていった。
そして初代国王となった聖人の子もまた、我が子にこの地の浄化を命じた。
初代国王の血を受け継ぐ者達は、その身に聖人の力が宿っているという。
王家は今も初代の命に従い、教会と共にこの地の浄化を行っている。
今、行われている聖火祭は、その浄化の儀の1つだった。
まずは、王族が教会の聖堂で国の安寧を神に願うことから始まる。
3日間、王都や各地の都市では祭りが開かれ、最終日に国王が初代より受け継いだ錫杖に、清き炎を灯すことによって、浄化の儀が完了とされる。
毎年行われているこの行事にも、社交界デビューした私には色々と仕事があった。
そう、招待されたパーティへの参加だ。
朝早くから侍女達総出で磨き上げられ、昼はお茶会、夕方からは夜会。
「疲れた。」
人の熱気に当てられた私は、バルコニーで1人、風に当たっていた。飲み物を取りに行ったウィルとは逸れてしまった。多分、挨拶に捕まっているのだろう。
「これは、女神様。お久しぶりです。」
「ご機嫌よう、セイルース公子様。あの、私を女神と呼ぶのはちょっと。」
「私の事はぜひゲイツとお呼びください。」
「え、ええ。」
長身で鍛え上げられた体格を持つゲイツ様が、流れるような身のこなしで私の手に口付けを落とす。
私の今の笑顔は、完全に引き攣っていると思う。
近衛騎士団に所属するセイルース公爵家の次男ゲイツ様とは魔法薬が縁で知り合った。
ルーイ先生との授業の一環で、王都近郊の森に演習に来ていた私は、魔物に襲われ重症を負った騎士達に出会した。私は持っていた魔法薬で何とか騎士達を助け、援軍が来るまでの時間を稼いだ。それ以来、私は騎士達に女神のように崇められている。ゲイツ様もその内の1人だった。
「私は少し出遅れてしまったようですね。私も女神様とダンスを踊りたかったのですが、残念ながらお疲れのようだ。」
「そ、そうですね、申し訳ありません。」
「謝らないで下さい。美しい夜空の下で貴女と会えただけで幸せです。」
ゲイツ様は私の手を取って、恭しく自らの額に当てる。ゲイツ様の少し癖の強いブロンドの前髪が私の手をくすぐった。
とにかく全てが甘い。ゲイツ様の大人の色気でクラクラする。
「あら。セイルース様!ご機嫌よう。」
バルコニーのドアから男女が腕を組んでこちらにやってきた。見覚えがある女性に、私は嫌な予感を感じる。
すると、男性から離れた女性がゲイツ様に近付き、しなだれ掛かる。しかし、ゲイツ様は簡単に女性をあしらってしまった。
「隊長、こちらにいらしたんですね。団長が呼んでましたよ?あっ女神様!こんばんは!」
ビシッと姿勢を正した騎士の正装姿の男性は、私を輝くような瞳で見つめてくる。
本当にこの空気は居た堪れない。
「女神様、またお会いしましょう。行くぞ。」
ゲイツ様は私にだけ挨拶をすると、騎士の男性を連れて颯爽と会場へ戻って行った。
「成り上がりの癖に。あなたみたいな子供が魔道具の開発に携わってるですって?バカらしい。そんなに注目されたいのかしら?婚約者もいるのに男漁りなんてねえ。」
「いい加減にして下さい。パンターネ伯爵令嬢。礼儀は守ってください。」
「何か礼儀よ。田舎の子爵令嬢だった癖に!」
「それでも先日、私は侯爵家の娘になりました。」
「あら?うふふ、そうね。でも見て。」
急にパンターネ嬢が可笑しそうに笑い出した。令嬢が見ている先を視線で追うと、ウィルと女性が寄り添う姿があった。
「あはは、上辺だけの侯爵令嬢だから婚約者の愛も偽物なのね。」
笑うパンターネ嬢に背を向け、私は会場へと戻った。




