*ウィルフレイ視点 6
夜が開けきる前に僕達は領主館を出発することになった。あの後ノードル男爵は一度も顔を見せることはなく、そんな男爵に対して父は何も感じていないようだった。
「リングドン子爵様、若様。どうかお気をつけて。」
唯一リドリーだけが僕達の出発を見送っていた。
出発して数時間経つと前方にフィラネル山脈が見えてきた。その後の道のりはリドリーが言っていた通り、鬱蒼とした森の中に変わった。
昼過ぎに到着した湖畔の別荘は、光を湛える湖とその周りを囲う花々によってまるで一枚の絵画のようだった。しかし、その美しい風景とは裏腹に別荘の周りは物々しい雰囲気に包まれている。
そんな中で通された応接室には乱雑に積まれた物資が所狭しと置かれていた。
しばらく待っていると、黒髪の小柄な騎士が2人の騎士を連れて部屋へ入ってきた。
この騎士がルード卿だろう。その鋭い視線と威圧感以外はデルによく似ていた。
ルード卿が僕達の目の前のソファに座り、2人の騎士がドアの前に立った。
「リングドン子爵、お久しぶりです。この度は手厚い支援、感謝申し上げます。こちらは、なんの歓迎も出来ず申し訳ありません。」
感謝の言葉を述べるルード卿の瞳には全く感情が感じられず、こちらを観察しているようだった。
「ルード卿、それは気になさらず。歓迎も不要。それで今はどのような状況ですか?」
父も挨拶はそこそこに本題に移る。
「魔物の数はそう多くはありません。ですが、少々強力な毒を持つ魔物に手こずっております。ですが、直に対処法も見つかるでしょう。」
「負傷者は?」
「今のところは同行した治癒士と神官で何とかなっています。問題はありません。」
「そうですか。」
父とルード卿の会話は内容に反してどこか重苦しい。
ルード卿の会話の端々でリングドン家への拒絶が窺えた。
会話の途中で部屋の外が騒がしいことに気がついた。
「隊長、お話中すみません。」
部屋に入ってきた騎士がルード卿に何か耳打ちした。
「申し訳ありません、子爵。急用ができました。この度はご助力感謝致します。ここは危険ですからもうお帰りになることをお勧めします。」
「いや、もう少し待たせてもらいます。」
ルード卿は父を一瞥すると騎士を引き連れて部屋を出て行った。
「父上、一体何があったのでしょうか。」
「ああ、あまり良い事ではなさそうだ。兎に角おまえにはまだここでやるべき事があるだろう。」
「はい、分かっています。」
必ず機会は巡って来るはず。僕はその時をじっと待った。
日が暮れ始めると、周りに集落のないこの場所はあっという間に静寂に包まれた。
けれど部屋の外は相変わらず、人が忙しなく行き交っている。
「子爵、どうか助けてください。」
傷を負った騎士が倒れ込むように部屋に入ってきた。
「毒に効く薬は無いでしょうか?仲間が魔物の毒にやられ危険な状態なんです。どうか、お願いします。」
蹲ってしまった騎士に父が優しく肩を叩く。
「ウィル、これはおまえの役目だ。」
「はい。」
僕は机の上に置いていた箱を大切に抱えて、部屋を出た。




