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王都の教会は、商業区と居住区に挟まれた中央に存在する。白を基調としたあまり装飾を施さない造りで、煌びやかではないけれど、それがかえって荘厳な空間を作り上げていた。
今度ゆっくりと見学させてもらおう。
奥へと進み、中庭を抜けると宿舎のような建物が見えた。
その入り口に神父とシスターが立っている。
「シスター!」
ライがシスターの下へ駆け出して行く。シスターは優しく彼を抱きしめ、涙を流していた。
「リングドン様、この度はライとアリアを保護してくださり、ありがとうございました。」
神父が深々と頭を下げ、感謝を述べた。
リングドン様はどうやら教会にも連絡を入れてくれていたらしい。
「それに関しては、こちらのアルト嬢のおかげです。それにアリアを助けたいそうですよ。僕も協力しますから。」
そう言ってリングドン様は私を紹介してくれた。
「アリアを助けてあげられるかもしれません。まずは彼女が安静に寝られる場所へ案内してください。」
教会内の医務室に移動し、ベッドにアリアを寝かせる。
アリアは相変わらず息が荒く顔も真っ赤だ。すぐ側でライは心配そうにアリアを見ている。
みんながアリアを見守る中、私は集中力を高め、自分の魔力に意識を向ける。
その時、ドアをノックする音が部屋に響いた。
中に入ってきたのは深い緑のローブを着た2人組。1人は初老の男性、もう1人はまだ10代半ばぐらいの黒髪の男の子だった。
「リーン先生、デル。急に呼び出してすみません。この子を助けるのを手伝ってください。」
この2人はリングドン様が呼んでくれた薬師だった。2人の右胸に輝く金のブローチが薬師の証で、深緑のローブはリングドン家専属の薬師であることを表しているそうだ。
2人はアリアの側に行き、すぐに診察を始めた。
「まずは熱冷ましの薬と風邪薬を処方しましょう。目を覚ましたら体力を回復するために薬草茶を飲ませてください。」
そう言って2人は薬の準備を始める。
「ちょっと待ってください。私にもアリアを見せてくれませんか?」
この部屋にいる全員の視線が、私に集中する。リーン先生とデルと呼ばれた少年は訝しげに私を見ているけれど、そんなことは気にしない。
2人はアリアを風邪と判断しているようだった。でも私にはそうは思えない。ライは薬は効かなかったと言っていた。ならば原因は風邪ではなく、他にあるはず。
先程切ってしまった集中を深呼吸と共にもう一度研ぎ澄ます。
まずは水と雷の魔法陣を描き、魔力と共に少しずつ融合させていく。魔法陣を完成させると、私は自分の眼前で魔法を発動させた。
以前リヴァン先生と理論だけは構築して、まだ試していなかった医療魔法。
回復魔法とは違い、治療を補助する目的で作った魔法だ。
そして今発動させた魔法は医療魔法の1つである、解析魔法。
病気の原因が分かれば無駄に沢山の苦い薬を飲まなくても済むのではと考えて作った魔法だ。
以前私が風邪を引いた時、薬を飲まずにこっそり捨てていたのが見つかってお母様に怒られた。その時に開発を誓った魔法だった。
無事に発動した解析魔法でアリアを診察する。
アリアの胸に無数の短い糸のようなものが動いているのが見えた。どうやらこれが原因のようだ。
「アリアの胸に無数に動く糸が見えます。それ以外には異常は無さそうです。」
私の言葉にリーン先生とデルが顔を見合わせる。
「デル、カドマ草の根は持ってきているか?」
「いえ、持ってきます。」
リーン先生の言葉を聞くと、デルはすぐに部屋を出ていった。
リーン先生曰く、アリアの肺には南洋糸虫が寄生していて、肺病を患ってしまったらしい。
南洋糸虫は熱帯地方特有の寄生虫で、最近は我が国にも輸入品と共に入ってきている。果物に寄生していることがあるが、人が食べても必ず害があるわけではないらしい。そのため発症数が少なく初期症状が風邪に似ているため対処が遅れてしまうそうだ。この寄生虫には、駆除薬があるため今回はなんとかなるそうだ。
本当に良かった。
「アリアは治るのか?」
ライがその赤い瞳に涙を浮かべて私を見る。
「うん。薬師の先生が治してくれる。アリアは大丈夫だよ。」
ライは涙を流し、その場にうずくまってしまった。私はそんなライを優しく抱きしめた。
すぐにデルが戻ってきてリーン先生たちは薬の準備を始めた。
私に出来ることはこれ以上無い。邪魔にならないようライと共にシスター達のいる壁側に下がる。
ふと視線を感じ顔を上げると、窓際にいたリングドン様と目が合いにっこりと微笑みを返された。
天使の微笑みを向けられ、私は真っ赤になった顔を下に向けることしか出来なかった。