*リリー視点
日が落ちてくると、今私がいる管理棟の外から人の騒めきが聞こえたきた。
「リリー様何かあったんでしょうか?」
「そうね。お父様達が帰って来たのかもしれないわ。私は執務室に行ってくるから、貴女達はここにいて。」
もしかしたら、お父様がもう解決しちゃったのかもしれないわね。
私としてはもう少し大きな騒動になって欲しかったんだけど、仕方ないわ。
私は暗い廊下を足早に歩いた。
「失礼します。」
私が執務室に入るとまだ中には誰もいなかった。
私はゆっくりと執務机に近づき、椅子の方へと回り込む。触れた椅子の背もたれは日の光を浴びたからか、まだほんのりと温かった。
私はこの椅子に成人したウィルフレイ様が座っている姿を想像してうっとりする。その美しい人の隣にいるのは私。
あの綺麗な空色の瞳は昔から私のお気に入りだった。
早く私のものにならないかしら。
しばらくすると部屋の外に複数の足音が響いてきた。
バン!
乱暴にドア開き、身なりを崩したお父様が入って来た。
「お父様、何があったのですか?」
お父様はソファに座ると黙ったまま頭を抱えてしまった。
ちょっと本当に何があったの?
「リリー殿はここにおりましたか。」
はあ、またこの老人か。仕方ない。今は我慢しましょう。
「ブランネルさん、いったい何があったんですか?」
「リリー殿。あの薬草はもう、わしらが下手に触れて良いものではなくなってしまいました。あれは妖精の祝福かもしれんのですよ。」
あの草が妖精の祝福⁈
いいえ、そんなはずないわ。あそこにはあのお嬢様もいるのよ!祝福なんてありえない。
「マリード殿、わしは今すぐ子爵殿に判断を委ねるべきだと思いますぞ。大変な事になる前に。」
何を言ってるの?
そんな事をすれば私の計画が上手くいかなくなるじゃない。本当にこの老人は邪魔ね。
「そんな事出来るか!ここの管理を任されているのは私だ。この程度の事で子爵の手を煩わせることなど出来るか。」
お父様が目の前のテーブルを強く叩いた。私はその音で冷静さを取り戻す。
お父様は昔傭兵だった。けれど怪我が原因で職を失い、妻子を抱えて困っていたところを子爵様に助けてもらった。それ以来お父様は恩を返そうと子爵様のために働いている。
お父様は絶対に子爵様を裏切らない。なら私はこれを利用する事を思いついた。
「お母様、どうしましょう。」
私は帰宅してすぐにお母様に泣きついた。
お母様は私がどんなにウィルフレイ様が好きかを知っている。
お母様自身もこの生活を気に入っているから私の思いを応援してくれていた。
だからお母様にも頑張ってもらいましょう。
「お母様、今薬草園が大変なんです。急に来たお嬢様がきっと妖精の怒りを買ったんです。だってこの地を汚すようなことをしたから。お母様、私はどうすればウィルフレイ様のお力になれるでしょうか。」
「ああ、可愛いリリー泣かないで。大丈夫よ。お父様が何とかしてくれるわ。」
「でも、薬師達はお父様に協力してくれるでしょうか?あのお嬢様の味方になってしまったら?もしかしてアルト子爵家はこの薬草園を狙っているんでしょうか。」
「リリー。薬師達は私に任せて。お父様とは帰ってきてからお話しましょう。」
やっぱりお母様は私の味方ね。きっと薬師達に研究費の横流しをするんでしょう。お母様はお父様の地位を守る為に度々お金を利用していた。だから今回もこれで大丈夫。
「はい、お母様。ありがとうございます。」
これで後はお父様だけね。
予想より早くお父様は疲れた様子で帰ってきた。
「お父様お疲れ様です。あの後どうなりましたか?」
「リリー、今はその話はしたくない。」
頑ななお父様の横に私はそっと寄り添う。
「お父様、私どうしてもお話しなくちゃいけない事があるんです。」
お父様は黙ったまま顔をこちらに向けてきた。
「お父様、私が盗まれたと言った薬草は、本当はリルメリア様が育てたものなんです。彼女があの区画から人を追い出して何かを始めるようだったので、気になってこっそり見に行きました。そこにはたった1日で薬草が育っていたんです。」
「リリー!なぜそれを早く言わなかったんだ。」
お父様が私の肩を掴んで大声を出す。
「ごめんなさい。妖精の怒りが怖くて。まるでリルメリア様がこの地を冒涜しているようだったんですもの。」
私は大粒の涙を流してお父様に訴える。
「幼い頃からこの地にいる私が罪を被れば、妖精も見逃してくれるかもしれないと思ったんです。でも思わぬ方向に進んでしまって。お父様、本当にごめんなさい。」
「リリー、おまえはなんて優しい子なんだ。大丈夫だ。元凶は私がなんとかするから。」
ああ、やっぱりお父様は私を信じてくれたわ。
これで子爵様達が帰って来るまでに全て終わるわね。
明日にはお嬢様をあの薬草まみれの倉庫から引き摺り出せるかしら。
本当に楽しみだわ。
私は何も見えない窓の外に希望の朝日を感じた。




