2-46
今日も日の出と共に起きると、自分で身支度を整えて窓へと向かう。
まだ外には誰もいないことを確認し、窓を開けて景色を眺めた。
「すごい。」
昨夜魔法で育成した薬草は倉庫の周りの土地を遥かに超えて、見渡す限りの土地を濃い緑に塗り替えていた。
デル達だけでここまでの広さに種を蒔いたとは考えられない。
これも妖精の仕業なのだろうか。
私はこの圧倒される光景に少しの不安を抱いた。
それから日が高く登っても、外から人の声が聞こえてくることはなかった。
私は窓から魔法で下に降りてみることにした。少しだけ開けている場所に降り立つと、目の前には緑の壁が聳え立っていた。
初日に育成した薬草は通常のものよりも大きく、私の背丈を越えるまでに成長している。
試しに手で引っ張ってみたがびくともしなかった。
私は魔法で数種類の薬草を刈り取ると屋根裏部屋へと戻った。
私は部屋に持ち込んだ薬草をじっくりと観察する。
その中に回復薬に使っている薬草を見つけた。最近よく見ていた薬草なだけに、この大きさは異様に見えた。葉だけでもわたしの顔より大きい。
これで回復薬を作ったらどうなるのだろうか。ここには道具が無くて試せないのがとても悔しい。
「はあ。」
私はここに来て一つの不安を抱く。
この状態をどうやって元に戻せばいいのだろうか。
私は帰って来た子爵とウィルにどう言い訳をしようか、一晩中悩むことになった。
あれからというもの、私の周りはずっと静かだった。
今も薬草の壁がここへ、人の侵入を拒み続けている。
鳥の囀りしか聞こえなくなった部屋で、私は飽きる程本を読み続けた。お茶も大分上手く淹れられるようになったと思う。
私は亜空間魔道具のおかげで、優雅な生活を十分に満喫していた。
読書をやめ手紙を書き始めた私の所に、そよ風が1枚の手紙を届けてくれた。
昼夜を問わず風に運ばれてくるようになった手紙は、諜報員にでもなったかのようで開ける瞬間はドキドキする。
今日も手紙には薬草園の人達の動向が詳細に書かれていた。
マリード所長は相変わらずこの状況をどうにかしようと躍起になっているようだ。
薬草園の職員だけではどうにもならないと、傭兵ギルドや魔法士ギルドに依頼を出したものの、ノードル領の魔獣対策に多くの人員が割かれている為、中々応じてくれる適任者が見つからないのだとか。
そのため、所長が荒れに荒れ部下達が大変な目にあっているそうだ。
ちなみにマリード所長は私の事など全く眼中に無く、すっかり忘れているとか。
それはそれで少し悲しい。
薬師達は採取した薬草の研究を始めたそうだ。ただ、魔法士ほどの魔法の素質がある者がいない為、全く薬の精製に至っていない。
妖精の怒りを恐れた薬師も少なくはなく神殿を建築する案が出たりなどよく分からない方向に話が進んでいるそうだ。
ただ、ブランネルさんなどの熟練した薬師達はあまり動じてはいない。伝手を使って数人の魔法士と連絡を取っているそうだ。近々こちらは動きがあるかもしれない。
最後に1番面倒そうなのが、リリーさんたちだった。
リリーさんは薬草を盗まれた健気な少女から、罰を与えられ閉じ込められている私を救い出す勇気ある指導者に役を変更したらしい。
リリーさんを支持する使用人達と準備を整えているそうだ。
何だか色々な所で面白いことになってきてはいるけれど、誰も本邸へ連絡を入れていない。
現在、リングドン子爵の代理人はアンネ夫人だ。
事件や事故が起これば、グリーンブレス薬草園の主人代理である夫人に指示を仰がなければならない。
「ここの人達って何も考えてないのかしら。」
私はこの人達を隠れ蓑にすれば、上手く怒られずに済むかもしれないと悪魔の囁きに耳を傾けた。




