*リリー視点
「これで無事に薬が作れるわね。でもあの子に少し可哀想なことをしたかしら。まだ子供なのに。」
「いいえ、貴族のご令嬢でもやって良い事と悪い事があります。子爵様だって分かってくださいます。」
「そうですよ。リリー様は優しすぎます。」
本当にいい気分。
私はお茶を楽しみながら周りを見渡す。
草花が咲き誇る薬草園のこの庭は、将来ここの女主人になる私のための場所。
ウィルフレイ様に怒られた時はどうしようかと思ったけど、ここでは皆んなが私の味方。
あの貴族のお嬢様が何をしたって私に勝てるはずがないのよ。
「ウィルフレイ様の負担にならないように、早めに終わらせてしまいましょうね。」
「はい、リリー様。」
私はメイドの1人に進み具合を確認しに行かせた。
今頃は、あのお嬢様が始めたおままごとの薬草畑から薬草が一つ残らず回収されているはず。
ウィルフレイ様から特別待遇で迎えられて忌々しい。
ウィルフレイ様も私まで閉め出すなんて。
こっそり見に行った畑にあれだけの薬草が生えていたのにはびっくりしたけど、どうせアルト子爵家の財産で作り上げたんでしょう。
お父様は私の話を信じて、お嬢様を倉庫に閉じ込めてしまった。いい気味。
貴族のご令嬢があんな所でいつまで我慢できるかしら。
早く私に頭を下げて許しを乞う姿が見たいわ。
「リリー様、薬草の回収は終わったそうです。」
「そう。じゃあ早速薬師たちに寄付用の薬の作成をお願いしましょう。早く持っていってあげたいものね。」
「はい、リリー様。」
私に向けられる尊敬の眼差しが、私の輝かしい未来を確信させてくれた。
「お父様、リリーです。」
執務室に呼ばれ部屋に入ると、お父様の他に年配の薬師達も揃っていた。
「皆様お疲れ様です。頼んでいた薬はどこまで出来ましたか?」
「リリー殿、そのことなんだが。」
リングドン専属薬師のまとめ役をしているブランネルが苦渋の表情で口を開いた。
「リリー殿、これは本当に貴女が管理していた薬草か?」
「はい。この枝振は間違いありません。アルト嬢が持っていってしまったものです。無事に戻ってきて安心しました。」
年配の薬師は捻くれ者が多くて扱いづらい。
この老人もどうも苦手。
「この薬草は我らでも簡単には扱えない。長年ここで薬草を育ててきたが、こんな状態の物は初めて見た。リリー殿はこれをどうやって育てたか知っているか?」
「え?」
何を言ってるの?
「リリーこれはすごいことかもしれないんだ。何かいつもと違うことをしたのか?」
お父様までいったい何の事を言ってるの?
「薬草はいつもと同じように育てました。でも心を込めて育てたんですよ。」
どうもよく話が見えない。
でも健気な私を見れば勝手に納得するでしょう。
「はあ、リリー殿はこの薬草を見ても何も感じないのか?」
この老人との会話に段々腹が立ってきた。どうも私を見下してる気がするのよね。
「お父様、私あまり体調が良くないのです。申し訳ありませんが、そろそろ失礼しても?」
「大丈夫なのか?ここはもういいから早く休みなさい。」
「ありがとうございます。皆様、失礼いたします。」
これ以上この不愉快な空間にいたくない。
お父様は私を信頼しているから、あの老人達を上手く収めてくれるでしょう。
私は気にせずさっさと部屋に帰った。
「リリー!」
朝早くお父様の大声で起こされた。
お父様といえど、勝手に部屋に入らないで欲しい。
「お父様、どうかしました?」
「今すぐ支度して外に来なさい。」
私はメイド達に急かされながら渋々外へ向かった。
外に出ると、薬草園の薬師たちが足早に森の方へと急いでいる。
私もそちらに向かって歩き出した。
東側の倉庫の近くに薬師達が集まっているのが見えた。その中にお父様を見つけて駆け寄る。
「リリー殿、これはどういうことか分かりますか?」
お父様の隣にいたブランネルが私に詰め寄ってきた。
もう、本当にこの老人が嫌い。
私は怒りを抑えて、怯えたようにお父様に縋った。
お父様はそんな私を支えるように、一歩前に押し出す。
そこに広がる光景に愕然とした。
森近くの倉庫へ続く全ての土地が様々な種類の薬草に埋め尽くされている。
「何これ?」
意味が分からないわ。昨日までここには何も無かったのに。今は薬草に埋もれ道すら見えない。
「リリー殿、この薬草は全て高濃度の魔力を帯びている。貴女がアルト嬢に盗まれたと言っていた薬草と同じだ。」
「だから何だって言うの?」
魔力?薬草なんてただの草じゃない。
怒りと混乱で、思わずブランネルに反論してしまった。
お父様もどうしてさっきから何も言わないのよ!
朝から訳の分からない状況に置かれて抑えられない程怒りが込み上げてくる。
『フフ。』
薬草を掻き分け、私に届いた風は、あの憎らしいお嬢様の笑い声を届けてきた。




