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昨日、私はそのままソファで眠ってしまったようだ。ラナとネルがお世話をしてくれたのか、いつの間にか着替えてベッドで寝ていた。
今はもう昨日の頭痛は感じられない。
今日は王都を散策してみようと、私は枕元のベルを鳴らした。
今日の私の装いは動きやすくも上品な花柄のワンピースだ。貴族というより商家のお嬢様に見える。普段のドレスと違って歩きやすい。
しかし気を抜いてはしゃぎ過ぎるとマレーゼ先生に怒られて、それはそれは大量の課題を出されてしまう。学院入学前にそれは避けたい。
今日はお淑やかに過ごそうと、私は鏡の前でくるりと回り、淑女の笑みを浮かべた。
ラナとネル、そして数人の護衛を連れて王都の色々なお店を回る。街中の道は整備され、花壇には色とりどりの花が咲いていた。街行く人々の服装も華やかで、どこかかわいらしい。
「お嬢様、こちらのリボンはいかがです?」
ラナが見つけた真紅のリボン。
私はそのリボンを買うと、髪に結んでもらった。長めのリボンが風に靡き、後ろに流れる。ショーウィンドウに映った自分の姿に大満足だ。
最近の私は、お母様に益々似てきたと思う。めざせ社交界の妖精!
美味しいご飯を食べ、そろそろ学院を見に行こうかと相談していた時、ふと路地の脇に佇む黒髪の男の子が目に入った。年は私より少し上ぐらいだろう。うっすら汚れた服を着ている。
「ねえ、あの子は?」
「あの少年は多分、孤児ですね。近くに教会が運営する孤児院がありますから、そこの子かと。」
私の質問に護衛の1人が答えてくれる。
治安が比較的いい王都でも孤児は決して珍しくはない。この国の孤児院は教会が運営し、国が資金を提供している。定期的な監査があるため、子供達は恵まれた環境にあるそうだ。
でもどこか気になる。
私は男の子に向かって歩き出した。
「ねえ君。どうしたの?何かあった?」
男の子は下を向いて答えない。
私は握りしめられた彼の手をそっと握って、答えてくれるのを待つ。
わずかに上がった顔を覗き込むと、少し癖のある黒髪の合間からルビーの瞳が見えた。
「アリアが…妹が……苦しんでる。俺は唯一の家族なのに何も出来ない。」
やっと聞き取れた彼の悲痛な叫び。
彼の後ろに積み上げられた木箱の片隅に毛布に包まれた黒髪の女の子がぐったりと眠っていた。
「神官様が見てくれたんだ。でも治せなくて。だから町の治癒士様にも見てもらったんだけどダメだった。薬も全然効かなくて。」
神官がかけてくれたのは浄化魔法だろう。浄化は呪いや毒は消しさるが、病気は治せない。
治癒士の回復魔法も主に怪我を治す治療方法だ。
回復魔法は患者自身の回復力を最大限に引き出す魔法で、病気の患者にかけてしまうと病気自体を活性化させてしまう可能性がある。その為、無闇に人にかけることが出来ない。
病気の主な治療方法は薬だ。でもこの子の場合なんの病気が分からず、合う薬が分からないのだろう。
「ネル、この子を教会に運ぶから馬車をここに誘導して。ラナは、教会に薬師を連れてきて。2人ともなるべく早くね。」
私は2人に指示を出すと男の子ににっこり笑って大丈夫だと伝える。
そこへ、こちらに近付く足音が聞こえた。
「僕の馬車を使ってください。」
天から差し込んだ光の中に、天使のような男の子がいた。