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「失礼いたします。お茶をお持ちしました。」
お茶を持って現れた少女は、茶色の髪をした小柄の可愛らしい子だった。
「お久しぶりです、ウィルフレイ様。」
少女はウィルに嬉しそうに笑いかけている。
「うん、久しぶりだね、リリー。紹介するね。こちらはリルメリア・アルト子爵令嬢。休暇中こちらに滞在するからよろしくね。」
「よろしく、リリーさん。」
「はい。」
リリーさんは私に少し視線を向けると頭を下げて退室した。
「ええと、では話を続けますね。」
私はデルを真っ直ぐ見据えて話始める。
「デル、アルト商会はぜひ貴方を迎え入れたいの。期間は5年、それ以降はデルの選択に任せるわ。その期間は、医療魔法具の開発を貴方にお願いしたいと思ってるの。対価の1つとして、貴方が望む魔法技術を提供するわ。どうかしら?」
「俺は、あまりの高待遇で、正直戸惑っている。ここまで話が大きくなるとは思っていなかったんだ。」
「少しいいかい。」
リーン先生がデルの肩に手を置いて話に入る。
「私個人としては、デルの気持ち次第だと思っている。デルは薬草の知識だけでなく、魔法の才能もあるからリルメリアさんの申し出は魅力的だ。デルはどうしたいんだ?」
「先生、俺はリーン先生とリングドン子爵が許してくれるなら、アルト商会で見識を広げたいです。」
「そうか。私達はみんなデルを応援しているだ。頑張っておいで。」
リーン先生のデルを見つめる眼差しはまるで父親のようだった。
「お嬢様、これからよろしくな。」
デルの笑顔は希望が溢れていた。
「こちらこそよろしくね、デル。」
「じゃあ、ここから実務的な話をしようか、リル。」
ウィルの真剣な声に少し身が引き締まる。
「リングドン家としては、人材提供によるアルト商会との技術提携は正直有難い申し出なんだ。アルト商会の医療魔道具は新たな技術として薬草学の観点からも期待しているんだ。だからデルにはアルト商会で頑張ってもらいたいと思っているよ。」
「ウィルフレイ様の言う通り、リングドン家もリングドン家専属薬師もデルの移籍は歓迎しているんだ。ただ、問題が1つある。」
「問題ですか?」
「先生、ここからは俺が説明します。」
私の疑問にデルが答えてくれた。
「問題は俺の父親、セルゲイ・ルードが俺を騎士にすることを諦めてないことなんだ。」
デルは眉間に皺寄せて不愉快そうに話出した。
デルの話では、数日前、父親からリングドン子爵宛にデルの騎士団入団申請書が贈られてきたらしい。
2年ほど前からデル宛に数ヶ月に1度の頻度で手紙が送られてきていたが、デルは全て読まずに破棄していたらしい。
そのため、今回初めて正式な書類と共にリングドン子爵へ手紙が来たそうだ。
そもそも未成年のデルがリングドン家の薬師になることが出来たのは、母方の親族であり薬草学の権威であるリーン先生のお陰であった。リーン先生とリングドン子爵の支援により父親の下を離れ生きてきたが、ルード卿はデルの成人を前にして正式に騎士団への入団を要請してきた。
「まだ未成年のデルの親権は父親にある。リーン先生にも父上にも正式に要請されてしまえば拒否することは出来ないんだ。ましてやデルは今、アルト商会へ移籍しようとしてるしね。」
「私の最大の難関はルード卿なのね。」
「そうだね。ルード卿を説得しないとデルの移籍は不可能なんだ。」
お父様が私を交渉役に選んだ理由は何だったのだろう。お父様はデルの人脈も欲しいと言っていた。ルード卿も入っているのだろうか。
「お嬢様、迷惑をかけて悪い。」
デルは悔しそうに、膝に置いた手を握りしめている。
「デル、私はデルがどうしても欲しいから頑張るよ。」
「リル!?」
私の決意を込めた発言にウィルが焦ったように声を上げる。
不思議に思い、周りを見渡すと、デルが顔を赤くして固まっていた。




