2-27
「ごめんね、ウィル。遅くなっちゃった。」
ルーイ先生に出された、魔力調整の課題に夢中になって時間を忘れてしまった。
気づいた時には、もうほとんどの生徒は帰宅していた。
「大丈夫だよ。リルも遅くまでお疲れ様。今日は僕の家の馬車で一緒に帰ろう。」
教室で本を読んでいたウィルは、嬉しそうに私に手を差し出す。
窓から入る夕日がウィルの髪を照らし、私にはまるで妖精の様に見えた。
「少し寄りたいところがあるんだけどいいかな?」
馬車に2人並んで座っていると、ウィルは私の方に体を傾けて、珍しくお願いをしてきた。
「寄りたいところ?もちろん大丈夫だよ。」
いつもは私の用事ばかり付き合ってもらっているから珍しい。
馬車はすぐに一軒の宝飾店の前で止まった。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
お店の中に入ると、初老の店員が深々と頭を下げ、奥の部屋へと案内してくれた。
落ち着いた内装の店内は、煌びやかさには欠けるものの、光源を少し落とすことで重厚感のある雰囲気になっていた。
2人でソファに座っていると、程なくして私達の前に綺麗にカッティングされた青い宝石が置かれた。
「こちらは全て最上級の魔鉱石でございます。ご用命通りこちらのお色のものを揃えました。」
「リル、触れてみて。しっくり来るものはある?」
「えっと触ればいいのね?」
よく分からないものの、言われた通り順番に触れてみた。
「これ、水に触れているみたい。でも冷たくはないの。とても不思議な感覚。」
同じような見た目でも触れると全く違った。暖かく感じるものや、全く何も感じないもの、少し不快に思うものもあった。
「お嬢様、そちらは触れていて気分が悪くなることはございませんか?」
「はい、大丈夫です。寧ろ気持ちが良いです。」
「じゃあこれでペンダントを作ってくれる?なるべく早く頼みたい。」
「かしこまりました。3日程お時間を頂けますでしょうか?」
「分かった。よろしくね。」
2人のやりとりと横で見ていると、店員は魔鉱石を持って部屋を出て行った。
「ねえ、ウィル。どういうこと?」
「これはね。うちの領地に入る時の伝統なんだ。」
「伝統?」
「リングドンの領地はね。隣接するフィラネル山脈から恩恵を受けている土地なんだ。肥沃な大地はこの山や森のおかげなんだよ。でもね、昔からこの山脈には妖精がいるって言われているんだ。妖精はイタズラ好きで気に入った子を連れ去ってしまうんだ。だから連れ去られても帰って来られるように、親しい人が魔鉱石のお守りを渡すんだよ。」
「私のお守りをウィルが用意してくれたんだね。」
ウィルの瞳を見て、先程触れた涼やかな心地の魔鉱石を思い出す。
「うん。リルが今回の休暇に領地に来てくれるって聞いて嬉しくって。どうしても僕が贈りたかったんだ。受け取ってくれる?」
「もちろん。ありがとう。出来上がるの楽しみ。」
「今回行く薬草園は森のすぐ横に作られているんだ。だからお守りは必ず付けていてね。」
昔からリングドンの領地では、山脈に近い所で栽培した薬草ほど効能が高いと言われているらしい。
不思議な森、私も妖精に会えるだろうか。
「ウィルは妖精に会ったことはあるの?」
「うーん、それは秘密かな。」
なんだか意味深な笑顔を向けられた。




