*ライ視点
俺は貴族なんて大嫌いだった。あいつらは平民なんて人間だと思ってなんかいない。
俺は辺境の田舎で、母と義理の父、父親が違う歳の離れた妹と裕福ではないが、幸せに暮らしていた。
偶に他所から来たやつらに、この赤い目を気味悪がられたが、家族は俺を慈しんでくれた。
そんなある日、義父と母が事故で死んだ。病弱な妹の治療のために、金を借りに行った帰りだった。
まだ歩けもしない妹と2人、途方に暮れていると、俺の本当の父親と名乗るやつの使いがやって来た。
どうやら、俺の血縁上の父親は、この辺りを治める田舎の男爵だったらしい。
生きる術がなかった俺たち兄妹は、拒否権などなく、男爵家に連れて来られた。
しかし、そこでの毎日は幸せなんて程遠いものだった。
俺は、まだ幼い跡取りの補佐として連れてこられたが、この目では貴族として使えないと判断された。
だから魔力が多かった俺は、領地に隣接する辺境の森へ魔物狩りに連れて行かれた。死を覚悟したのも一度や二度じゃない。不吉の象徴である俺を庇ってくれるやつなんて誰もいなかった。
狩りに行かない日は、様々な教育を徹底的に叩き込まれた。
男爵は俺の使い道を模索しているようだった。
それでも事実上妹を人質に取られ、俺だけ逃げ出すことは出来なかった。
体も心も疲弊し続ける毎日に、俺は何のために生きているのかも分からなくなった。
唯一の家族の妹でさえ、段々疎ましく思うようになっていった。
地獄の日々が5年ほど続いたある日、男爵は俺たち兄妹を追い出した。
新しく子供が出来たらしい。不吉な俺を邸には置いておきたくないと、妹と共に辺境の教会に置き去りにした。
あまりの身勝手さに怒りしか湧かなかった。
そんな俺たちを不憫に思ったシスターが、知人を頼って王都の教会で生活出来るようにしてくれた。
王都なら働く場所が沢山あるだろうからと。
それからは親切な人たちに囲まれて、やっと妹と2人で穏やかに暮らしていけると思った。
そんな矢先、妹が原因不明の病に倒れた。
神父もシスターも懸命に看病してくれたが、妹の病状は日に日に悪くなっていった。
また家族を失う事に耐えられなかった俺は、気がついたら妹を抱えて孤児院を飛び出していた。
誰かに助けて欲しくて、そんな神の奇跡に縋って。
その時、1人の女の子に声を掛けられた。
「ねえ、君。どうしたの?何かあった?」
俺より年下の、人形みたいな綺麗な女の子。
その子は汚れた俺の手を握って、答えが返ってくるのを待っている。
でも、俺の目を見ればどうせ他のやつらと同じように、気持ち悪いからどこかへ行けと言うに決まってる。
中々立ち去らない女の子に嫌悪感が湧いてきた。
俺は伸ばした前髪の隙間から、もう一度女の子を見た。今度は、この目がはっきり見えるように。
でもその女の子は俺の手を握ったまま、この目から視線を逸らさない。
その夜空のような瞳には、一切の忌避感を感じられなかった。
この女の子になら縋ってもいいんだろうか。
久しぶりにこの目から涙が出た。
泣いたのはいつぶりだったか。
俺は、神ではなく目の前の女の子に奇跡を願った。




