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ダンジョンは力を失い、その恩恵はもう受けられない。
でも、そのおかげで通常の転移魔法でも脱出出来る。
私の魔力残量は少ないけれど、ルーイ先生と協力すれば、あと一回転移魔法は使えそうだ。
「ウィル、ここから出ましょう。私の肩に捕まって。」
まだ意識が朦朧としているウィルの体を支えて、ルーイ先生の下へ向かう。
少し離れた所で、ルーイ先生が転移用の魔法陣を準備していた。
「ウィル、大丈夫?もうちょっとだから頑張って!」
魔力枯渇を起こしているウィルの体は、冷たい。ウィルの瞳も虚ろだった。
早く戻らなきゃ。
早く、早く!
気持ちばかり焦っても、距離が縮まらない。
その時、私の肩に掛かっていたウィルの体重が軽くなった。
「ウィル?」
ウィルが足を止め、私の肩から腕を離す。
「ウィル、どうかしたの?どこか体が...。」
「リルちゃん!」
ルーイ先生が叫んだのと同時に、ウィルの両手が私の首を掴んだ。
その手に、じわじわと力が入る。
「ウ、ウィル...。クッ...。」
息が出来ない。
頭に血が上って、目の奥が熱い。
どうして、ウィル。
俯いていたウィルが、ゆっくりと顔を上げた。その虚ろな目と私の目が合う。
「ウィル、そ、その目...。」
ウィルの瞳が、ダリア様と同じ、血のような真紅に染まっていた。
「女神様!」
ゲイツが剣を片手に、こちらに向かってくるのが見えた。
けれど、途中で見えない壁に阻まれてしまった。
ルーイ先生とアルバス様が放った魔法も、壁によって飛散していた。
「その、力は、あっては、ならない。ここで、消す。」
ウィルの口から、明らかに人とは違う、性別すら分からない声が漏れ出る。
そしてウィルは、私の首を躊躇なく締め上げた。
「ウィル、駄目、よ。気付い、て!」
私は手を伸ばして、震える指でウィルの瞳に触れた。
綺麗な赤。
奥深く吸い込まれそうな程、底が見えない赤。
でも、ウィルに似合うのは、青だ。
晴れた空のような、輝く青。
薄れゆく意識の中で、私は彼の名前を呼んだ。
「ウィル。」
すると、ウィルの手の力が緩む。
頭に溜まっていた血が巡り、肺に空気が入る。
「ゴホッ、ゴホッ、ウィル...。」
ウィルの手が私の首から離れ、支えを失った私の体は地面に落ちる。
ウィルを見上げると、ウィルの右目だけが、青に戻っていた。
「リル、逃げて...。早く!」
私を害そうと伸ばされる左腕を、ウィルの右手が必死で押さえていた。
ウィルは歯を食いしばり、何とか自我を保っている。
そしてウィルは、足のホルターから一本のナイフを取り出した。




