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荊棘の隙間から見える王妃の下半身には、無数の荊棘が絡みついている。荊棘が王妃の体から大地へ流れる様は、大きく裾の広がったドレスを着ているようにも見えた。
その荊棘のドレスを纏った王妃は、顔に血飛沫を付けたまま、うっとりと満足そうに笑っている。
私は覚悟を持って結界の一部を解くと、そこから抜け出した。当たり前のように、ライ、ゲイツ、ロイド、ニルフ、リズベルが、私の後に続く。
みんなが側にいてくれるだけで、こんなにも心強い。
子供達を安全な結界内に残し、私達は狂気に染まる王妃の前へ立った。
「ふふ、貴女達も綺麗なお花にしてあげるわね。ずっと一緒にいられるわよ。幸せでしょう?うふふ。」
王妃がにっこり笑うと、それを合図に荊棘が私達に飛び掛かる。
矢のように迫る荊棘を、ライとゲイツが俊敏な動きで切り伏せていった。
切られても尚蠢く荊棘を、ロイド、ニルフ、リズベルの魔法が塵へと変える。
「ダメじゃない。落ち着いて?痛くないわよ?」
「いいえ、凄く痛いわ。貴女には聞こえないの?みんなの悲痛な叫びが。」
泣いている声が聞こえる。
行き場をなくし地面を這い回っている魔力は、紛れもなく誰かのものだった魔力だ。無理矢理引き出され、混ぜられた魔力は濁り、元の属性すら分からない。
地面を動く度に聞こえる悲鳴が、一番近くにいるこの人には届かないの?
私は、王妃に魔法を掛ける。
王妃を包む魔力に、耳を傾けられるように。
貴女の罪が聞こえるように。
「イヤ!何なの、これ!?やめて!」
王妃に絡まりついていた荊棘が、ドロドロと溶け出し、大きな黒い水溜まりを作った。
そしてその中から、人の形が現れる。
泥人形のようなソレは、王妃に腕を絡めて纏わり付いた。
「何を言っているの!?嫌よ!私のせいじゃないわ!」
泥人形は口の部分を開き、何かを話しているようだった。
けれどその声は、私達には聞こえない。
「お、お義母様!?これは、いったい...。」
王妃が泥に飲み込まれそうになっている所へ、アマンディア様が髪を振り乱して駆け込んできた。
「な、何で、貴女がここに!?まさか、これは貴女がやったの!?次から次へと何なのよ!」
地団駄を踏んで怒りを露わにするアマンディア様と目が合う。
必死に走って来たのだろうか。王女のドレスは破れ、足は裸足だった。
「違うわよ。これは貴女達、アズバンド王族の業。しっかりその胸に刻みなさい。」
私は静かに、この結末を見届ける。
「ア、アマンディア...助けて!」
「ヒッ!」
王女に気付いた王妃が、助けを求めて手を伸ばす。けれど王女は、その手から逃れるように後退った。
覚束ない王女の足が、泥濘に取られ、私の前で派手に転ぶ。そこへジリジリと黒い泥が迫った。
けれど、その動きがピタリと止まる。
背筋が凍るような、か細い何かが聞こえた。
「ママ...。」
今度は、はっきり聞こえた幼子の声に、視線が引き寄せられる。水溜まりの中には、小さな体がポツンと蹲っていた。
「ママ...ママ...。」
呆然と幼子を見つめる王妃の横で、アマンディア様は口元を抑え、震えていた。




