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「え!ちょっと、あの...」
私も貴族の娘だった以上、人から頭を下げられた事はある。良い気分ではなかったけれど、年齢を重ねる毎に何となく受け入れていた。
でも、でも、これは無理!絶対無理!
自分の祖父母や親の年齢ほどの方達に、頭を床に付けさせるなんて!
しかも、あの尊大な猊下が私に敬語!?
なんだかこの後が怖い!
「そうだよぉ。この子は大切な、大切な子だから、皆んな全力で大切にするんだよぉ。ムホッ。」
お願いですから、余計な事を言わないで!少しだけ静かにしていて!
大切を連発する狐の口を、私は両手で塞いだ。
「どうか皆さん、頭を上げてください!猊下も今まで通りで!本当にお願いします!」
軽くパニックになった私は、目の前の司祭達同様、膝を付いて頭を下げた。
「聖女様、いけません!お立ちください!」
猊下のすぐ後ろで平伏していたアイゼン司祭が、慌てて私の側に駆け寄る。
「そうか。では、リルメリアの望む通りにしよう。正直この体勢はキツイしな。」
ゆっくりと立ち上がった猊下を、アイゼン司祭が呆れた目で見ていた。
「猊下、貴方という方は...。それでは示しが付かないのですよ。まったく、我らがどれ程この時を待ち望んできたか。」
「アイゼン、うるさいぞ。小言は後にしろ。」
「猊下...」
アイゼン司祭の怒りのオーラに、他の司祭達が動揺している。
そんな司祭達を無視して、猊下が私の頭を撫でた。
「無事で良かった。随分と時間がかかったな。心配した。」
え?そんなに長い時間だったかしら?
「ああ、貴女が泉に向かってから丸一日が経った。だからいきなり、貴女の魔力をこちらで感じて驚いた。だが、無事に神に会えたようだな。貴女の周りに、神力が見える。」
猊下は私の左手の刻印を繁々と眺めている。
「私、一日中、神の泉にいたんですね。ずっと待っていてくれて、ありがとうございます。私、ちゃんと神様に会って来ましたよ。色々とありましたが。」
私の腕の中で、その色々の元凶が激しく踠いている。
「そうか。で、それは?先程から暴れているようだが。」
うーん。何て説明しよう。
神様って言っても、この狐さん、今は神としての力は使えないようだし、私が神を証明する事なんて出来ない。それに、世界滅亡の危機だなんて話せない。
「もう!苦しいよぉ!」
私の手から逃れた狐が、怒りながら顔を出した。
「うむ。清らかな神の気配を感じるな。神獣と言ったところか?」
「そ、そうなんです!これから私のお手伝いをしてくれるんです!とっても良い子なんですよ!」
どこか探るような目をした猊下に、私は冷や汗が止まらない。
私の心の内を覗かれている気がする。
いや、確実に読まれていると思う。
「ギャフ!神獣!?私が神獣!?獣扱いなのぉ!?」
「喋る犬か。さすがは神獣だな。」
「犬!?酷いよぉー。」
猊下に打ちのめされた狐の神様は、本格的に私の胸で泣き出してしまった。




