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自分の周りに渦巻いていた魔力が落ち着くと、硬い床に足が付いた。徐々に景色も鮮明になっていく。
教会内の小さな聖堂。
聖堂と言っても、祭壇も無ければ、長椅子も無い。そんな何も無いただの一室に、私は安堵の息を吐き出した。
ふと、右手に抱えた肌触りの良い毛玉が、ブルブルと震えている事に気が付いた。
「何でぇー!?何で私ここにいるの!?この世界に干渉出来ないはずなのに!私、世界の中に入っちゃったよぉ!入れちゃったよぉ!これ、どういう事!?」
私の腕から脱出した狐は、大興奮で私の周りを駆け回っていた。
「落ち着いて!良かったじゃないですか!今まで何も出来なかったのでしょう?これなら世界を破滅の危機から救えるんじゃないですか?」
「うーん。」
考え込むように大人しくなった狐が、自分の全身を汲まなくチェックし始めた。
「白いんだけどぉ!?私、真っ白なんだけど!何で?どうして?黄金の稲穂のような毛並みだったのにー。お手入れ頑張ってたのにー。」
そうなんだ。神様も美容は気にするのね。
ショックを受けて、突っ伏してしまった狐を私は両手で抱き上げる。
艶々でフワフワの毛並みは、湖の底で触れた時と変わらない。でも、耳から尻尾に至るまで、真っ白な毛色に変わっていた。
「でも、素敵ですよ。神の御使みたいで。」
「私、神なんだけどぉ!それじゃあ格下げだよぉ。」
あ、間違えた。
「いえいえ、その真っ白の毛並みも神々しくて素敵です!ほら、これで心機一転、頑張って神様しましょう!」
少しだけ顔を上げた狐が、恨めしそうに私を見ていた。
「無理!無理だよぉ!こっちには来れたけど、上手く力が使えない!グスッ。」
完全に拗ねてしまった狐は、私の腕の中で鼻を啜った。
「リルメリア!」
私が狐の背を撫でていると、背後で勢い良くドアが開いた。
「あ、猊下!?」
額に汗を滲ませた猊下が、こちらに大股で近寄ってきた。眉間に深い皺を寄せて。
まずい!すっかり猊下達のことを忘れていた。
猊下より少し遅れて聖堂に駆け込んできた司祭達は、ぐったりと床に座り込んでしまった。
ご老人の司祭は、ちゃんと息をしているのだろうか。隣の司祭に凭れたまま、動かない。
「無事に戻りました!ご心配をお掛けして申し訳ありません。」
私は反省しつつ、頭を下げて謝罪した。
「リルメリア、顔を上げろ。」
猊下のいつも通りの平坦な声色に、私は胸を撫で下ろす。
すると、衣擦れの音と共に、スッと空気が動いたような気がした。
私は恐る恐る顔を上げる。
「ティリウス聖王国聖職者一同、聖女様のご降臨を心よりお待ちしておりました。」
猊下を含めた11人の高位司祭が、私の前に平伏していた。




