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「中々面白かった。さすがは聖女だな。これからも楽しみだ。」
「猊下、まだ私は聖女じゃないですよ。寧ろここまでして聖女じゃなかったらどうするのですか?」
「その時は私が全力で貴女を聖女に仕立てるさ。まあ、そんな事にはならないが。」
それはそれで楽しそうと笑ったノルンに、私は冷めた目を向ける。
「ほら、貴女の小煩い師から預かったぞ。これが最後のポータルだそうだ。やるのだろう?」
もちろん。もうここでは全て終わったのだから。
「猊下、ご迷惑をお掛けします。」
「ああ、気にするな。」
私はお礼に、猊下の胸元へ浄化の花を挿し入れた。
「リルメリア嬢!」
「ゲイツ様?」
走って来たのだろう。ゲイツ様は額に汗を滲ませながら、荒い息を吐き出していた。
「私の女神様、どうか私を貴女のお側に。私を貴女の騎士にしていただきたいのです。」
スッと膝をついたゲイツ様が、乞うように私の手を握った。
「ゲイツ様!?でも、私は...」
「この国をお捨てになるのでしょう?」
そう。私はこの国に何も残すつもりはない。
「大丈夫です。これは、貴女の側にいたいと願うただの私のわがままですから。」
ゲイツ様は立ち上がると、私の髪先に優しく触れる。そしてギュッと私を抱きしめると耳元に唇を寄せて囁いた。
「少しだけ待っていてください、愛しい私の女神様。」
そう言い残してゲイツは足早に行ってしまった。
「まったく、距離が近過ぎるな。リルメリア、大丈夫か?」
「あ、はい。」
びっくりして心臓が痛い。顔も熱い。
少し冷えていた指先を当てて、頬の熱を冷ましていると背後から足音が聞こえた。
「リル、どうして、どうしてなんだ。待っていてくれるって言っていたのに。」
これが最後になるのかな。
ねえ、リルメリア。
私はゆっくりと振り返って、ウィルに向き合う。猊下が少し私達から離れたのが分かった。
「ウィル、私ね。貴方が隣にいなくて、寂しくて、悲しくて、辛くて、寒くて、痛かったのよ。死んじゃうかと思ったぐらい辛かったわ。」
「ごめん、リル。でも...君とこのまま一緒にはいられないんだ。」
俯いてしまったウィルを、私は、リルメリアは静かに見つめる。
「そうね。私もそう思ったの。だから前に進んだ。このままの私ではいられなかったから。」
私は、リルメリアのままではいられなかったのよ、ウィル。
「今の貴方から見た私は、凄く変わったのでしょうね。もう私はリルメリアではないのかもしれない。」
「何を言って...リル?」
「辛くて、悲しくて、必死に伸ばした手を貴方は見てもくれなかった。だから私は変わるしかなかったの。貴方がいなくても立っていられるように。」
私の瞳から一筋の涙が流れた。
それと一緒に悲しみも流れ落ちる。
「さようなら、ウィル。貴方が私を切り捨てたように、私ももう貴方はいらないの。」
私はルーイ先生が作ってくれたポータルに魔力を流す。
「猊下、後はお願いしますね。」
私が握っているポータルは、転移装置の最後のピース。
リヴァン先生とレイズが、苦労して各地のアルト商会支店に設置してくれたものだ。
これに膨大な魔力を流すことで全ての仕掛けが完成する。
最初の計画から行き先は変わっちゃったけど。
でも、新しい私の道。
だから、さようなら、ウィル。
ウィルの姿を最後に焼き付けて、私の意識は光に包まれた。




