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ダリア様が驚愕の表情で、私の手元を見つめている。
その視線を追って顔を下に向けると、無意識に握りしめていた私の手の中に違和感を感じた。
どうして?
胸元で握っていた両手を開くと、仄かな輝きを放つ花細工の瓶があった。
「リルメリア嬢、大丈夫ですか?」
「ゲイツ様?」
壇上の柱の影から、ゲイツ様が手を伸ばしている。
「さあ、こちらへ。アルト夫妻は先に馬車へお連れしました。今なら近衛はいません。お早く。」
「リルメリア嬢、こんな事に君を巻き込んですまない。さあ、行ってくれ。ゲイツ、頼んだ。」
一瞬泣きそうな顔をしたアルバス様が、私の背中を押した。
私は戸惑いながらもゲイツ様に手を伸ばす。
すると、か細い声が私を呼び止めた。
「リルメリア様、酷いです。こんな事をするなんて。お願いですからもうやめて...」
フラフラと近づいてきたダリア様が、私の腕を掴んだ。
「ダリア、やめるんだ。リルメリア嬢のせいじゃない。分かっているだろう?」
諭そうとするアルバス様の手を振り払って、ダリア様は更に私に詰め寄った。
「ウィルフレイ様のことがまだ好きなんですか?だから私に意地悪するんですか?」
ダリア様が力を込めて私の肩を揺さぶる。
私は興奮状態のダリア様から離れようと後ろへ下がった。
「ごめんなさい。ウィルフレイ様は私のことが好きなんです。だってずっと一緒にいてくれるんですよ?これからもずっと一緒なんです。」
ポロポロと泣きながら呟くダリア様の言葉が、私に纏わりつく。振り払おうと踠いても、ぴったりとくっ付いたダリア様の手は離れない。
「皆んな私が好きなんです。ごめんなさい、リルメリア様。ごめんなさい。」
ダリア様から逃れたい一心で、私は何度も体を捩る。
ダリア様の手が離れると、反動で自分の体が大きく傾いた。
その瞬間、ダリア様の悲しそうな、でもとっても嬉しそうな顔が見えた。
体が宙に浮き、足元が無くなる。
壇上にいた私は、背後の階段に気付いていなかった。
ダリア様と縺れ合うように、壇上から宙に投げ出される。
景色がゆっくり流れる中、ウィルの姿だけがしっかりと見えた。
私はウィルに向かって手を伸ばす。
私の頭は、魔法なんて考えていなかった。
ただ、反射的に、当たり前のように体がウィルに向かって助けを求めた。
ウィルが私ではなく、ダリア様に手を伸ばしていても。
体に鋭い痛みが走る。でもどこが痛いのか、私にはもう分からなかった。
視界がやたらとボヤけ、瞬きをすると、涙が目尻から流れ落ちた。
私は泣いていたらしい。
私の瞼がゆっくりと下がっていく。
闇へと落ちる意識の中で、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。




