3-78
私は不安そうなネルを残し、1人馬車を出た。
一瞬、日の眩しさに目を顰めると、ライが手を伸ばして馬車から降りる私を支えてくれた。
「メリアお嬢様...」
「ライ、大丈夫。そんな顔してはダメよ。」
学院の入り口では、久しぶりに登校した私を生徒達が遠巻きに見ている。
「ここに残しておけない研究資料を取りに行くだけよ。直ぐに戻るわ。」
学院の中には、生徒ではないライを連れて行くことは出来ない。
私はもう着ることはない制服を着て、最後になるアルグリア学院に足を踏み入れた。
ルーイ先生と学んだ私達専用の研究室。
以前そこは、ルーイ先生が持ち込んだ本や私物で溢れていた。私がどんなに片付けても次の日には、座る所が無いほどに。
けれど今は何も無い。
私達の研究資料ですら残ってはいなかった。
ガランとした部屋に舞う埃が、窓からの光に照らされ、キラキラ光っている。
広く感じるその空間で、寂しさと諦めからか溜息が出た。
「やだわ!本当に来たの?」
部屋の外には、生徒達が集まってきていた。
その中から黒髪のエキゾチックな女子生徒が歩み出る。
「初めまして、リルメリアさん。うふふ、貴女のお噂は予々。わたくし、ベイルリーン・バレントといいますの。ダリア様のクラスに留学しに参りましたのよ。貴女とアルベルティーナさんとも学びたかったのだけれど残念だわ。」
「バレント公国の公女様でいらっしゃいますか。初めまして、リルメリア・アルトです。私はこの学園を去りますが、公女様はぜひ、楽しい学生生活をお過ごし下さい。」
纏わりつくような甘えた話し方をするベイルリーン様に、私は社交辞令の挨拶を述べる。
「リルメリア様、もう帰ってしまうの?もうちょっとお喋りしましょう?皆さんも聞きたいわよね?リルメリア様の悲しいお話。」
ベイルリーン様に続いて入ってきたリノアーノ様が、声を張り上げて話し始めた。
集まっていた生徒達が、クスクスと笑い声を上げる。
「リルメリア様って婚約者を取られちゃったの?それは悲しいわねえ。わたくしならこんな堂々と過ごせないわ。毎日きっと泣いてるわ。」
ベイルリーン様は、手を頬に当てて首を傾げる。着崩した制服から覗く鎖骨が、その仕草と相まって彼女の妖艶さを引き立てていた。
「そうだわ!わたくし、ダリア様との仲を取り持ってあげましょう。どうかしら、リルメリア様?」
「まあ、ベイルリーン様はお優しい。」
私は、楽しそうに悪意を振り撒く彼女達を冷やかに見つめる。
リノアーノ様達は、バレントの公族を受け入れる意味を分かっているのかしら。それが重要な取引き相手であるニセン王国を裏切ることになると。
ただ私を貶めるためにベイルリーン様に媚を売るなんてバカらしい。
「あら、お兄様。」
ベイルリーン様の視線の先に、彼女と良く似た長身の男子生徒が1人の生徒をエスコートしていた。




