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「お父様、リルメリアです。」
「入りなさい。」
ゆっくりドアを開け、私はお父様の執務室の中に入る。
お父様の机は、大量の書類と手紙に埋め尽くされていた。よく見ると、ソファや花を飾るサイドテーブルにも積まれている。
「散らかっているけど、座って。」
「はい。」
私が座ったソファの足元にも書類の束があった。権利書や売買契約書と書かれたその書類は、間違いなく我が家の財産。
こんな無造作に置いていて大丈夫なのだろうか。私は踏まないよう、足を少し遠ざけた。
「リル、体調は大丈夫?」
「はい、ゆっくり休めました。」
「良かった。」
倒れてから2週間、私はのんびりと邸の中で過ごした。学院にももちろん行っていない。お父様が遮断しているのか、その間は全く外の情報は入って来なかった。
でも今朝、私の下にティーナから手紙が届いた。
ティーナの魔法で届けられた手紙は、ウィルが学院に来たことを私に知らせてくれた。
「お父様、私は学院に行こうと思います。」
「そっか、私としてはこのまま辞めて欲しいんだけどね。」
お父様の優しい笑顔に決心が揺らぐ。
でも...
「お父様、私、もう少しだけ頑張ってみようと思います。でもダメだった時は助けてくださいね。」
私には支えてくれる人がいるから大丈夫。
ウィルから話を聞くまでは、逃げたりしない。
「もちろんだよ。でも無理はしないこと。約束だよ。」
「はい。」
私は大好きなお父様に思いっきり抱きついた。
「リル、おはよう。」
「おはよう、ティーナ。」
「はあ、相変わらずね。あそこは。」
ティーナが視線を向けた先には、令嬢達に囲まれたダリア様がいた。楽しそうに令嬢達とお喋りしている。その横には、ウィルが警護をするように張り付いていた。
一瞬、ウィルと目が合ったけれど、すぐに逸らされてしまった。
ウィルとは挨拶程度の会話は交わすけれど、まだまともに話は出来ていない。
ウィルは何故かずっと私を避けていた。
悲しくて、目を逸らされる度に泣きそうになった。苦しくて苦しくて、息が詰まるぐらい胸が痛かった。
でも最近は、悲しいと思う感情をあまり感じなくなっている自分がいる。
私の心が麻痺しているのだろうか。
「彼は、いつから騎士になったのかしらね。剣なんて振るえたのね。知らなかったわ。」
ティーナの嫌味が、教室中にしっかりと届いた。
「あら、アルベルティーナ様。リングドン様は、ダリア様を誰よりも敬愛なさっているのよ?」
「そうですよ。婚約者様は心が狭いのね。ダリア様を守るなということかしら?」
「リルメリア様、嫉妬なんて見苦しいわよ?」
はあ、この遣り取りももう何度目だろう。本当に煩わしい。
私はティーナの横で淑女の笑顔を貼り付けた。
「誤解がございませんよう。ウィルが決めた事なら私は止めたりしません。そうでしょう、ウィル?」
私が話し掛けても、やっぱりウィルは私を見ない。
私の心に諦めと失望が広がっていった。




