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「リークロン卿...」
「貴女にはジョーゼルと呼んでほしいのですがね。」
「これはどういう事だ、ジョーゼル!」
「アハハ、アハハハ!」
怒りを見せるアルバス様に対して、リークロン卿は狂ったように笑っている。
「ああ、本当に美しい...」
狂気に染まったリークロン卿の目に、私は体が動かなくなった。
「貴女もサンクティーの素晴らしさが理解できるでしょう?この花さえあれば、もう聖火は必要無いのですよ!魔物に怯える心配もね。」
「愚かな...」
無表情で佇むアルバス様が、リークロン卿に剣先を向けた。
「リークロン卿、貴方達は罪の無い子供達をその花の犠牲にしたわ。それが素晴らしいですって?そんな訳ないでしょう!」
「たかが孤児ではありませんか。領民の生活を守るために、その命を有効利用しただけです。」
有効利用ですって?
リークロン卿は孤児の命など何とも思っていないのだろう。私の怒りに首を傾げている。
「リルメリア嬢、残念だが、こいつに何を言っても無駄のようだ。子供を苦しませながら魔鉱石化するなんて、人のする事じゃない。」
アルバス様は、一瞬でリークロン卿に駆け寄ると、首目掛けて剣を振り下ろした。
空気が裂ける音と共に、金属音が響く。
アルバス様の剣をリークロン卿の剣が受け止めていた。
アルバス様は攻撃の手を緩めず、リークロン卿を攻め続ける。しかし、それをリークロン卿は難なく躱していた。
リークロン卿は近衛騎士、しかも魔物討伐にも出向いている程の実力者。まだ学生のアルバス様には部が悪い。しかもこの狭い空間では攻撃魔法は使いづらい。
私は上の階に助けを求めるため、階段へ風魔法を飛ばす。しかし、途中で何かに遮られたのが伝わってきた。
「アルト嬢、貴女の商会から買った結界を張っています。助けは来ません。」
初めから計画されていたのね。
私達の行動もバレていたのだろう。
転移魔法で直接助けを求めに行こうかと考えた時、リークロン卿の剣がアルバス様の脇腹を抉った。
「ぐっ」
その場に膝を付いたアルバス様にリークロン卿は剣を突きつける。
「やめて、リークロン卿!」
「アルト嬢、この地は何度も魔物に襲われているんですよ。聖火が弱まっても王家は助けてはくれなかった。いや、聖火ではもうダメなんだ。今この地を守っているのは、貴女の結界魔道具とサンクティーなのですよ。」
今まで飄々としていたリークロン卿に、どこか憂いを帯びた影が纏わり付く。
「聖火の限界はもうずっと前から王家は把握していたんだ!そうでしょう、アルバス殿下?」
その言葉に答えることなく、アルバス様はリークロン卿をじっと見ていた。
「無能な王家は必要ない...」
リークロン卿はボソリと呟くと、アルバス様の傷付いた脇腹を蹴り飛ばす。アルバス様の体は勢い良く倒れ、白い花弁を舞い上げた。アルバス様の周囲の花が、徐々に赤く染まっていく。
「きゃあ!アルバス様!」
私がアルバス様の下へ駆け出すよりも早く、リークロン卿が私の手を取った。
人の体温を全く感じないリークロン卿の手に、私の背筋が恐怖に震える。
リークロン卿の剣を放した手が、私の喉を掴んだ。




