3-17
王妃様に言われた事を帰宅後すぐにお父様に伝えると、お父様は「出掛けてくる」とだけ言い残して、邸を出て行ってしまった。
翌日の夕方、お父様の帰宅を告げられ、私は執務室へと向かう。
「お父様、失礼します。」
執務室に入ると、難しい顔をしたお父様がソファに座っていた。その後ろには見知ったアルト騎士団の騎士が控えている。
「リル、座りなさい。」
「はい、お父様。」
「リル、招火の儀に伴われる女性がどういう意味になるかは分かるね。」
「はい。」
招火の儀は、聖火祭で国王陛下が灯した浄化の炎を各地にある教会の聖火台へ、王族自ら灯して回る儀式のことだ。
新たな炎を灯すことで、この地の安寧を守る。
その際、王族は1人の乙女を伴って教会へと入る。それは、初代国王が王妃と共に、各地を浄化して回ったことから始まった慣わしだった。
そのため、儀式に参加する乙女は、王族の女性か将来王族入りする女性となっていた。今回、第2王子のアルバス様が儀式を行うのであれば、それに同行する私は、彼の婚約者と見做されることになる。
「でも断れば、王家とアルト家に大きな溝ができるだろうね。」
「お父様、申し訳ありません。」
「リルのせいじゃないよ。王家がリルを狙ってたことは分かってたしね。今回は、あの策士の王妃様にやられただけだよ。」
「お父様、私はどうしたら...」
私は悔しくて涙が溢れそうになる。
「いいよ、断って。」
「でも!」
涙に濡れた目で見たお父様は、優しく笑っていた。
「アルトは王家と対立しても負けないよ。昨日ね、商会の支部長達やらまとめ役やらにね、聞いてきたんだ!」
お父様は姿勢を崩し、笑顔で話し出した。
「この国を出ても私に付いてくるかって。」
「お、お父様⁈」
「そしたら皆んな付いてくるってさ。リルが作ったものが世界を変えるところを1番に見たいんだってさ。だからリル、好きなようにしていいんだよ?」
「はい、お父様!」
皆んなの優しさに、私は涙を堪えることが出来なかった。
「それでね、リルの護衛騎士を決めたんだ。はい、自己紹介!」
お父様が急に手を叩くと、控えていた3人の騎士が姿勢を正し、音を立てて右手を胸に当てた。
その機敏な動きに私の涙が止まる。
「ロバート・ヒースです。お嬢様、お久しぶりです。これからよろしくお願いしますね。」
以前、リングドン領に行った時に護衛をしてくれた人だった。黒の騎士服のせいか、ワイルドさが落ち着いた気がする。
「ローズ・テイラーです。どうぞよろしくお願いします。」
アルト騎士団の麗しの君!
テイラー卿は、薔薇の様な真紅の髪と完璧なプロポーションを持つ女性騎士だ。こんなに綺麗なのに、模擬戦では体の大きな騎士を投げ飛ばしていた。あれは素敵だった。
「ライノルト・ヒースです。お嬢様、やっと貴女に恩返しが出来ます。これからよろしくお願いします。」
「ライ!ライが私の護衛?嬉しいわ!でもヒース?」
久しぶりに会ったライは、また身長が伸びて体つきもがっしりしてきた。もう路地で泣いていた頃の面影は全く無い。
「はい、ロバートさんの家に養子に入りました。ロバートさんは俺の兄さんです。不本意ですが。」
「おい!ライ!」
ライが受け入れられているようで良かった。ロバートとも本当の兄弟みたい。似てないけど。
「これからよろしくお願いしますね。」
「「「はい!」」」
私は温かい気持ちでお父様に向き直る。
「お父様、少し考える時間を下さい。」
「分かった。後悔のないようにね。」
「はい。」
私は自分の胸に手を当てて大きく息を吐いた。




