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召喚獣には属性が存在する。秩序を示す、光、水、風。混沌を示す、闇、火、風。だが、ごくまれにいずれにも当てはまらない属性が存在する。
その名は『鋼鉄』。
ジルトニスが召喚するのは、その鋼鉄である。彼は『あまねく世界に顕現する剣たち』を召喚できる。
ジルトニスが外套をひるがえすと、できた影から一本の短刀を取り出す。反撃を警戒してか、すぐさまに火竜が残った右腕で横薙ぎを仕掛けてくる。
それをジルトニスは跳躍してかわす。それは飛行でもしているのかというほどの滞空時間が長かった。火竜の頭上を軽々と飛び越えて、背後にまわりこみつつ、短剣をグルンナインに向けて投げつける。
「ひっ」とグルンナインは思わず目を瞑る。だが、その短剣はジルトニスを直接には狙わず、足元に突き刺さるだけだった。
「馬鹿め! ハズしやがった!」
「いいえ。大成功ですよ」
いつの間にかグルンナインの目の前にジルトニスは立っていた。その距離はもしジルトニスが剣を持っていれば、グルンナインを仕留められるくらいのものだった。
「その短刀は五本ある影刀の内の一本、旋風と言いましてね。効果はいま、あなたが実感されているとおりのものです」
その実感について、グルンナインはようやく自分の身に起こったことに気がついた。
「体が動かねえ!」
短刀はグルンナインの影に突き刺さっていた。
これは影縛り(シャドウバインド)という技である。影に短刀などを突き刺して、その影の主の行動を縛るというものだ。攻撃力などは皆無だが、相手を拘束する手段としては有効である。
「いけませんね。もっと自分に気を払わないと。あなたが身動きをとれなくなったおかげで竜も動きが制限されてしまいます。こんなとき、巨体は何かと不利ですよね」
火竜はジルトニスを攻撃したくても、どうしてもグルンナインを巻きこんでしまうために攻撃をしかねている。
「剣とはあらゆる時代と世界を行き来する存在です。だから、いつの時代にもあらゆる姿で人々と共にある。そんな存在です」
ジルトニスは体を火竜に向けると右腕を掲げる。その動きを追うようにして、グルンナインの視線が追う。
掲げられる右手人差し指の先。天空は剣によって覆われていた。次の瞬間に何が起こるのか、それはグルンナインも即座に理解した。
「や、やめてくれーっ!」
「あなたは勘違いをしている。これは決闘ではない。あなたの罪に対する罰なんですよ」
「お、俺が何をしたっていうんだ!」
「一つは自分より弱い者をいたぶって、楽しむという性根」
ジルトニスがそう言っている間にも、その腕はゆっくりと振り下ろされていく。
「何よりの最大の罪はお嬢を辱めたことです。それは万死に値する罪だ――」
剣の雨が降り注ぎ、火竜の体に突き刺さっていく。その度に火竜は血反吐を吐きながら、悲痛な叫び声をあげる。
その凄惨な光景をグルンナインは目も伏せられず、呆然とずっと眺めていた。