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「シャイルよ、腕試しというこうぜ」

 グルンナインの自身に満ち溢れた表情にシャイルはゴクリと息を飲む。

「僕の召喚獣はまだ生まれたばかりですよ」

「そう言うな。生まれたばかりの召喚獣を使いこなすには修練が必要だぜ」

 彼は自分より弱い者には威圧的な態度を取る一方で、レイディのような人間の扱いにも長けた男だ。

 おそらくシャイルを力でねじ伏せて従わせようという判断なのだろう。ここはおそらくだが、断れない。

 グルンナインは実際にシャイルの退路を立ちはだかるように場所取りをする。

「こい、火竜よ!」

 そう呼びかけると同時に巨大な炎の渦から咆哮をあげながら、シェイルの三倍はあろうかという丈の魔物が姿を現す。

 ヘビというよりはワニのような顔つきは、威圧的で神秘的。コウモリのような羽は少し控えめな大きさで、空を飛ぶことはとてもできそうではない。四本の足で立つ姿は竜というよりは巨大なトカゲに近いだろう。

(こんなのに勝ち目なんてないよ……)

 シャイルは絶望的な気持ちになる。さぞ、グルンナインにとって期待通りの表情をしていることだろう。

「待ちなさい、オオカザキ!」

 心が折れそうで、思わず「降参」の声が漏れそうになったとき、それを遮る強い女性の声が響いた。

「あからさまに見えた勝負を仕掛けるのは公平とは言えない。ちがう?」

「また、姫さんか。いい加減、俺の邪魔はやめてくれねえか」

 グルンナインが舌打ちをする。そこにいたのはレイディであった。

「別にそんなつもりはないわ。ただ、あなたのやり方には虫唾が走るだけ」

「だったら、どうしようっていうんだ?」と問いかけられたレイディはしばし考え込む。

「じゃあ、俺から提案してやるよ。姫さんとシャイルで組ませてやる。二対一だ。これなら勝機も見えてくるってもんじゃねえか?」

 その割にグルンナインは余裕がある。おそらく手こずるとすら思っていないのだろう。これは明らかな挑発だ。これでレイディが了承すれば、正式な決闘と認識されてしまう。よって、レイディが怪我を負ったとしても、グルンナインに責任が及ぶことはないという算段だ。

「……わかったわ。受けてやろうじゃない」

 それでも彼女はその挑発に乗ってしまった。

「姫様、無茶です!」

「いや。ここで逃げるということは次の機会も失うということ。勝利なんて一時のものにこだわるのは馬鹿げたことだわ。大事なことは負けても自信を失わないこと。それが戦うということなのよ!」

 レイディはウィル・オ・ウィスプを召喚する。彼女は火竜相手にも一歩も退こうとしない。その姿につられてかシャイルも彼女に続いて幼いスレイプニルを召喚した。

「いいねえ。泣いて許しを乞うまでいたぶってやる!」

 火竜が咆哮をあげる。それが戦いの合図となった。

 だが、火竜はすぐに攻撃を仕掛けてはこない。どうやら、二人に先攻を譲るということらしい。「あなたの召喚獣は攻撃手段がないでしょう。私がやるわ」

 ウィル・オ・ウィスプから火の粉を放つ。だが、火竜には損傷すらつけられない。わかってはいたが、火竜は召喚獣の中でも上位に入る。それに対してウィル・オ・ウィスプは戦闘向きの召喚獣ではない。両者の差は既に歴然としていた。

 勝つには召喚獣だけではなく別の搦め手が必要だ。しかし、そんなアイディアもすぐには浮かぶものではない。こういう手合は入念な準備をして、はじめて対策ができたといえる。

「遊んでやりな」

 火竜にそう命じると口から熱風を放つ。殺傷力はないものの、その熱量に髪の毛がチリチリする。息をすれば、間違いなく咳き込んでしまう。

「僕に任せて!」

 スレイプニルを前面に出すと、薄っすらとした青い半透明の障壁を張る。

「バリアーかい! 面白え」

 おかげで熱風が遮られて、息がしやすくなった。それでも、グルンナインから余裕の表情が消えることはない。

 次に火竜が動いた。その巨躯に似合わず、素早い動きですぐに距離を詰めてくる。そして、前足の爪を立てて、大きく振りかぶる。すると次の瞬間、スレイプニルごとシャイルが宙に舞っていた。

「シャイル!」

 名前を呼ぶも反応がない。きっと気を失ったのだ。

「ははははっ! ちょっと加減が足りなかったな!」

 グルンナインは高らかに笑っていた。

 ――なんて男なの!

 火竜が顔をレイディにずいっと近づけて、生臭い息を吹きかけてくる。その凶悪で無機質な表情に、恐怖だけで失神してしまいそうだった。

「いいねぇ。あんたのその表情を見せてもらえただけで、ここまでやった価値があったってもんだ」

 「やれ」と命じると、火竜は器用に人差し指の爪でレイディの衣服を縦に引き裂く。

「っ――!」

 レイディは唇を噛みしめて、叫ぶのを我慢する。おかげで口の端から血が流れた。

「いいねぇ。ちょっと胸が俺好みじゃねえが、きれいな肌をしてやがる。だが、叫ばなかったのがポイント減ってやつだ」

 グルンナインは舌なめずりをする。その瞳は色情に充てられた、飢えた獣のそれである。それが火竜への恐怖と合わさって、レイディの身を竦ませる。


「そこまでですよ」


 その声が響くと同時、グルンナインの足元にナイフが突き刺さる。

「誰だ!?」

 グルンナインが問いかけると、ジルトニスはゆったりとした動作で姿を現す。その両腕には気を失ったシャイルの姿があった。

「何だ、黒助ブラックボーイかよ」

 グルンナインは拍子抜けして、せせら笑った。馬鹿にしたのを隠そうともしない。

 黒助は学院内において使われる、もっともひどい侮蔑の呼称だった。当然、そんなことはレイディだって知っている。

 その由来は外套に刻まれた運命の聖印に、いつまで経っても印が刻まれない人間のことを指して、そう呼ばれる。ただ黒いだけの外套は落第者の証であるということだ。

 そう言われてみれば、ジルトニスの外套は紋章すら縫いつけられていない。ただの黒い外套であった。

「お嬢、ご無事で何よりです」

 グルンナインには目もくれず、ジルトニスはレイディに駆け寄る。

「私は服を破かれただけよ。それよりシャイルは無事?」

「ええ。見た目より、怪我はひどくありません」

 そのあたりは手加減をしたということか。ジルトニスはシャイルをレイディの側で寝かせると、グルンナインに向き直る。

「あなたは罪を犯した。だから、私が信じる良心に従い、あなたを裁く」

 ジルトニスは一歩を強く踏む出す。

「ふざけるんじゃねえ!」

 火竜の爪が振り下ろされて、足元に突き刺さる。それはジルトニスの体に触れるかという寸でのところをわざと空振らせたものだ。

「なるほど。あなたはこうやって学生たちを脅してきたんですね」

 ジルトニスに動じた様子はなく、むしろ不敵に笑みさえ浮かべている。普通なら、先程のレイディのような反応をするというのにだ。

「こけおどしは結構。本気でかかってきなさい」

 ジルトニスはあからさまに挑発をする。それにグルンナインはキレた。

「ざけんなーっ!」

 もう一度、火竜が左腕を振り下ろしてくる。今度はもし当たれば、その体はズタズタに引き裂かれるはずだ。だが、吹き飛んだのは火竜の左腕のほうだった。

 火竜が苦悶の表情を浮かべて、悲鳴をあげる。

 あまりに一瞬の出来事で何が起こったのか、ジルトニス以外にはきっとわからなかったはずだ。 

 ただ、いつの間にかジルトニスは巨大な剣をその手に持っていた。

「竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だと……!」

 二メートル近くある巨大な剣を人はそう呼んだ。その大きさ故に竜の首を刈り取れると言わしめたほどの巨剣。だが、扱えた者は歴史を振り返ってもほとんど存在しない。そんな巨大な剣をジルトニスは軽々と片手に持っていた。

 ジルトニスは大剣を天上に放り上げる。すると大剣はフッとその姿を消した。

「てめえ、本当に黒助なのか?」

 その問いかけにジルトニスが答えることはなかった。


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