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 オルタギニア大陸の大国ハイデリカルド帝国。他国との国境にもなっている北方に横たわるヴィンスターブ山脈の麓に帝立ベルクライン学院は建っていた。

 一番近くの街まで徒歩で行くのに丸一日かかり、敷地はそれこそ端から端まで行くのに丸一日走っても辿り着けないほど広大である。


 それには理由がある。


 一つ、帝立ベルクライン学院は輝弾操士を育成する機関であること。

 一つ、輝弾操士の操る輝弾フォトンは凄まじい力を持っており、その力が発揮されるようなことがあれば、街を一つ吹き飛ばすほどの威力があるということ。

 一つ、学院には十代の男女が多数生徒として通っている。よって何かとトラブルが発生しやすい。そのトラブルの元から少しでも遠ざけようとしたため。


 学級クラスは貴族と平民で大きく区分されており、お互いが修学する内容にも差異がある。

 たとえば貴族は帝王学が座学としてあるのに、平民は貴族にかしずくことを教育される。ただ、両者の接触が完全に絶てるわけではなく、若さゆえの過ちが起こることもそんなに珍しいことではない。

 もちろん平民が武勲をあげて貴族に出世するという話もあることはある。しかし、学院内にいる間は武勲をあげようもない。つまり、ここで身分の差を徹底的に叩き込むのだ。これは平民で輝弾操士になった者たちから反乱の芽を削ぐためである。

 そのやり方は老獪である。鞭は一切使わずに飴だけをやる。飴なしでは生きていけないよう仕込むのだ。

 ただ、貴族たちもそれぞれに事情を抱えていた。血縁で家を支えるというのも中々面倒ごとが多い。

 レイディ・ア・モンド・ゼテルキス・グリティアもそんな女性の一人だ。

「到着しました」

 御者が馬車の外から事務的に声をかけてきた。

 彼女は近くの街から馬車に乗ってここまで来ていた。

 馬車には他にも数人同じ年くらいの少年少女が乗っていた。誰も学院の生徒だろう。証拠に誰もが学院の制服を着用していたからだ。

 学院の制服は平民と貴族を区別しない。ただ、ベルクライン学院の学徒かどうかを判別するために使われる。だから、制服の色は学院のパーソナルカラーである高貴なるロイヤルブルーが使われる。それは偽造できないよう特殊な織り方と特殊な染料が使われていた。

 学院では時期を問わず自由に長期休暇をとれる。レイディはその長期休暇をとり帰郷していたのだ。

 レイディを含む生徒たちが馬車を降りると馬車は早々にその場を去っていった。長期休暇から戻ってきた学生はまず本校舎まで報告に行かなくてはいけない。しかし、そこまでは相当な距離がある。

 だから二台の馬車があらかじめ迎えに来ていた。本来ならこの人数を一台で本校舎まで送っていくのは十分に可能だ。しかし、そうしないのはここに平民と貴族に己の身分を自覚させるための措置だった。

 なので、迎えに来た馬車に片方は貴族、もう一方には平民が乗る。そして、レイディはどちらにも乗らずにいると馬車の御者は確認もせずにその場を去って行く。置いて行かれた彼女は旅行鞄を片手に本校舎を目指して歩き始める。

 レイディの顔には怒りも悲しみもなかった。ただ口元をキッと結んで、涙をこらえていた。そこにある感情は悔しさである。

 ただ、彼女はこのような扱いを受けたことではなく、こんな立場でしかいられない自分の不甲斐なさが口惜しいのだ。

 山吹色の長い髪が風になびいて、風を黄金色に魅せた。

 瞳の奥に広がる深緑は黒き森に眠る宝石のように他を寄せつけようとせず、一方で他を惹きつけてやまない神秘さがあった。

 山吹色の髪は豊穣を意味する尊き色で、この髪色の者は皇帝の一族に縁がある者とされている。彼女がこのような扱いを受けるのにはその血縁が大きく起因していた。

 顔付きはまだあどけないが、それでも小顔に整った目鼻からは将来さぞとんでもない美人になるであろうという片鱗は漂っていた。

 しかし、彼女はまだ十代半ばの少女でしかない。弱音を吐きたくもなるのだ。「負けるもんか!」という気概はあっても、気概だけでどうにかならないことも多い。

 だから、できることなら誰かに迎えに来てほしかった。

「迎えに来たよ、姫君!」

 白馬に乗ってメガネをかけた優男が声をかけてきた。

 その右手には花束。

 あたりを赤い花びらが蝶のように舞っており、それと一緒にダイヤモンドダストがきらきらと輝いていた。

 しかも、なぜかそこだけ陽光がやたら強く差し込んでいるようも思える。

 ちなみにここまでの演出は比喩でもなんでもない。実際にレイディの目前で起こっている事である。

 そのたなびいている外套はベルクライン学院での最高学位を授与された者にだけ与えられるものだし、かぶっている帽子は学院でも最高の地位の者にしか被ることができない。

「学院長……」

 男の名はジューディアス・ガラクメント。齢二七歳にしてベルクライン学院の学長に就任した男である。その男は皇帝直轄治安維持特殊戦略隊――通称、十二使徒ナンバーズの一員という噂もあるほどの実力者である。

 つまり、こんな芸当はワケないのだが、こんな芸当は普通の輝弾操士は一生をかけてもできないだろう。これほどの演算領域に達せる者は残念ながらそうそうにはいない。

「君は相変わらずだね。もっと友人を作る努力をしたらどうだね?」

「学院長が迎えに来てくれる間は大丈夫ですよ」

 そう言いながらもレイディはジューディアスからじりじりと遠ざかろうとする。

(前言を訂正するわ。やっぱり誰でもは嫌……)

「そう言いながら遠ざかろうとするのはやめてくれないかな。さすがの私も傷つくよ」

 暗緑の無造作に伸びた髪はオールバックにして後ろで束ねられている。何でも放っておくと身だしなみとかはすぐに乱れるそうで、それを阻止するために秘書の女性がしっかりと管理しているという。

 一八六センチある身長に切れ長の瞳。肉付きも付きすぎずと言ったところで、とにかくモテる要素の多い男だ。実際に彼は女生徒に人気があった。

(こんなののどこがいいの?)

 レイディは首を傾げる。

「いえ。今日は歩いて校舎まで歩きたい気分だったので」

「君は嘘で逃げようとするばかりか、その足でも逃げようとするのだね」

 ジューディアスはやれやれと肩をすくめる。

「逃げられると思わないことだ。私は君のような女性を捕まえるのは得意なんだよ」

 白馬が宙を舞うと同時。気がつけばレイディのお尻が浮き上がり、誘われるようにジューディアスの両腕の中に収まっていた。

「輝弾を使ってとは言え、無断で身体に触らないでいただけますか」

「君はこうでもしないと逃げるだろう」

 そう言いながらジューディアスはレイディに花束をプレゼントした。

「当然です。私は悪目立ちしたくないんです。それはそうと手綱はちゃんと握ってください」

 両手はいまレイディを支えている。そのせいで手綱から手が離れてしまっていた。

「私が誰かを知っているだろう?」

 ジューディアスが歯を見せると端がキラリと光った。これも輝弾の力だ。

「もちろんです」

「では、私が優先したいことはわかるかい?」

 きっとレイディを連れて華やかに本校舎へ向かうことだろう。

「……それは知っていたとしても言いたくありません。知らない振りをします」

 その返答にジューディアスは「あっはっはっはっは」と大笑いをした。

 こうしてレイディ・ア・モンド・ゼテルキス・グリティアはもっとも目立つやり方で不本意ながらも本校舎へ向かうこととなったのである。


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