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  ここより遙か彼方にある世界。

 そこでは輝弾操士フォトンマスターと呼ばれる不思議な力を持つ人々が存在する。

 これはその中にいるほんの少しだけの人たちの物語である。


   ■


 広葉樹の葉がそよ風に揺れて、差し込む日差しが顔をそっと優しくなでてくる。

 空を仰げば蒼い小鳥が恋の歌を口ずさみながら飛びまわっている。

 一方で彼は開いている窓から聞こえてくる授業をたしかに聞いていた。

 間もなくして終業を告げる予鈴が学院中に響き渡る。それから静まりかえっていた教室は一転して生徒たちの喧噪に包まれる。しかし、彼はそんな喧噪とはどこまでも無縁であった。

 窓の外にいる彼の存在を教室にいる誰もが知っていたはずだ。にも拘わらず、誰もが無関心を装い声をかけようとしない。

 そんな空気が漂っている教室で一人の女性がずかずかと彼のほうへ向かっていく。

「ジルトニス・オービュラス君、授業を受ける気があるなら教室で椅子に座って受けなさい」

 それは叱るようにと言うのが適切だろう。彼女は彼を諭すような声で語りかける。

「エーデリカ先生、これは仕方がないことなのです。あなたの授業を受けたいという願望と、春の陽気を堪能したいという欲求。この二つを叶えようとした結果、ここで授業を受けることにしたのです」

 このジルトニス・オービュラスは劇の俳優にでもなったように大仰な身振りで話す。

「……次にやったら欠席扱いにしますからね」

 半ばあきらめたようにエーデリカは嘆息をつく。彼女の困っている顔はジルトニス・オービュラスにとっては大好物である。

 年齢で言えば一九歳。ジルトニスとはそこまで年齢が離れているというわけでもない。強いて言うなら少し童顔、丸いめがねと三つ編み。それに化粧っ気のないところが余計に幼さを強調していた。ダークブラウンの髪がくせっ毛なのだろう。

 服装は学院指定の教員服を着用しているが、この感じだと普段にどんな服を着ているか気になるところだ。

 つまるところ話を集約すると、エーデリカはもう少し身だしなみに気を遣うべきだとジルトニスは思っているということだった。

「あなたは素晴らしい女性だ。私は心の奥底より尊敬をしている」

「教師をからかうのはやめなさい」

 そんなつもりは微塵もない。ジルトニスにとっては心外な言葉である。

「エーデリカ先生、授業が終わったのであれば、あとは教官室へ戻るだけでは?」

「ええ、その通りよ」

 エーデリカは「なぜそんなことを聞くの?」という表情を浮かべる。が、すぐに青ざめた顔になる。

「ジルトニス君、私は普通に階段から教官室へ戻るわ。だから、心遣いは無用よ」

「まあ、そうおっしゃらずに――!」

 ジルトニスは立ち上がるとエーデリカの手を強引に取り、窓から外へと引っ張り出す。「えっ……?」

 ジルトニスに手を握られた瞬間、エーデリカの身体は風船のようにふわりと浮かび上がる。エーデリカの手は風船のひもだ。

 ジルトニスのエスコートは絶妙だった。エーデリカが気付いたときには既に彼の両腕の中に収まっていた。

「ちょっと、ここは三階よ!」

「何か問題でも?」

「大ありです!」

 そうは言うものの落下しているというより、ゆっくりと降下しているというほうが適切だろう。

 この調子だとジルトニスはエーデリカをお姫様抱っこしたまま華麗に降り立つことだろう。

 輝弾操士としてここまでできる人間が学院内にどれだけいるだろうか?

 おそらく数人といないはずだとエーデリカは確信する。

 優秀な輝弾操士であるはずのジルトニスだが、どうも学院内での評価は芳しくない。

 その理由はおそらく彼の授業態度が一因だろう。しかし、それ以外では意図的に能力を抑えているようにも思えるのだ。

 ただ、それが完全にできているわけではなく、時折こうやって片鱗を見せつけてくる。

 そういえばジルトニスについて先輩の教師に尋ねたことがあるが、誰も彼もがそろって「深く関わるな」の一点張りだった。

 そんな秘密の生徒ジルトニス・オービュラスはエーデリカにとって少し気になる存在ではあった。

 こうしてお姫様抱っこをされるのも悪い気分ではない。しかし、こういった秘密を持つ人間に深く関わろうとするにはそれ相応の代償を求められる。

 エーデリカにとってはそれさえも魅力の一つだったが、同時に怖くもあった。おそらくジルトニスとこれ以上の関係になることはないだろう。なんとなくだが、彼女はそんな予感があった。


 おそらく、それは別の人間の役割なのだ、と。

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