呪い
出先にあったのは100円を入れて使うタイプのロッカーだった。所謂あれか、コインロッカーっていうのか。でも、それは100円が返ってくるタイプのロッカーだし、もしかしたら正規の意味ではコインロッカーではないかもしれない。しかしコインは使うしな。100円。コインロッカーなのかな。多分。
その日、そのコインロッカーに荷物を預け、所定の時間を過ごしてから、帰り、帰る段になって、コインロッカーの鍵穴に鍵をぶち込んだ。鍵が解除された扉を開けて自分の荷物を出して、その周り、所定の時間が終わったというのに、その周辺、溜まりにはまだ人が幾らか残っていた。話をしたりしていた。さっさと帰ったらいいのに。その人らに、
「おつでーす」
って、言ってその場を後にした。
そうして階段を下りて、建物の扉を開けて、外に出た。敷地外に向かって歩いてる時にふと、ポケットに手を突っ込んで中を探った。
「あれ」
100円が無かった。え。うそ。あれ。忘れてきた。ロッカーに忘れてきたんだ。下のスロープに。コインロッカーは上から100円を入れて鍵をかける。鍵を開けると下の穴、スロープに100円が下りてくるタイプの、よくあるタイプのコインロッカーだった。
もうすぐ敷地外に出れるという所まで来たのに、再び戻って建物の中に入った。その間すれ違う人達は皆、さっき溜まりに残って話していた人たち。ああ、早く帰りたい。私も帰りたい。一刻も早く帰りたい。階段を上がって、コインロッカーの所に戻った。
自分が使っていたコインロッカーを、下のスロープを確認した。
「……」
そこにあるはずの100円が無かった。
ロッカーのドアを開けたりした。
100円は無かった。
落ちてないかとあたりを、下を、床を探したりした。
100円は無かった。
「無いなあ!」
階段を一段一段確認したりした。
100円は無かった。
「無いなああ!」
その時思った。わかった。さっきの奴らだって。
「あいつらだ」
って。さっき私が帰る時に、溜まりに残っていた奴だって。あいつらの誰かだって。あいつらの誰かが私の100円を盗んだんだって。不覚だったのは認める。私の確認不足だった。早く帰りたいがために、100円をしっかり確認しなかった。それは認める。でも、それにしたって、
「それにしたって」
なんて卑しい奴等なんだって。その時私の心の中で黒いものが湧いた。
「殺してやりたい」
私が100円を忘れて帰ったのをどう思ってたんだろう。笑っていたんだろうか。笑っていたに違いない。馬鹿なやつだと思ってたんだろうな。そして100円を盗んだんだ。私の100円。さっきすれ違ったやつらの誰だ。誰が盗んだんだ。すれ違う時おかしな感じのやつはいなかったか。キョドってたりする奴はいなかっただろうか。覚えてないな。興味が無かったから。でも、あいつらの誰かなんだ。私の100円を盗んだんだ。捕まえてやりたい。走って行って乱暴に掴みかかって大声で問いただそうか。
「私の100円はどこだ」
って、なんか、そういうことしてやろうか。
腹立つ。私の100円を返せ。誰だ。殺す。殺してやる。殺してやりたい。殺してやりたい殺してやりたい。呪ってやる。呪ってやる。死ね死ね死ね。私の100円を何食わぬ顔で盗んだやつの手が捥げたらいい。手首が落ちたらいい。あ、黒く腫れあがるのが良いな。そしたら誰が犯人かわかるから。私の100円を返せ。不幸になれ。不幸になれ。酷い目にあえ。死ね。呪ってやる。殺してやりたい。殺してやりたい。首絞めて殺してやりたい。手首切り落としてやりたい。手捥げろ。生活に支障をきたせ。事故にあえ。ホームから線路に落ちればいい。ダンプに轢かれたらいい。爆ぜろ。くそ野郎。殺してやりたい。呪ってやる呪ってやる。呪い殺してやる。藁人形作ろうかな。五寸釘とかってホームセンターに売ってるのかな。糞。くそくそくそ。
次の日、黒い感情を抱えたまま、また出先に行って昨日と同じコインロッカーに昨日とは違う100円玉を入れようとしたら、入らなかった。何かがすでに中に入ってる感じがあって入らなかった。
「え、は?」
試しに100円入れないと回らない鍵を回してみると回った。抜けた。鍵穴から鍵が抜けた。再び差し込んで施錠解除の方向に回してみると、カチリって音がして、下のスロープに100円が出てきた。
「出てきたあ!」
って思った。言った。叫んだ。これ私の100円じゃん。って思った。
昨日の無しって思った。昨日の全部無しって思った。昨日思ったこと全部無し。呪いとか殺してやりたいとか全部、全部無しでーすって思った。手首も捥げなくていいでーす。って思った。
良かったー。実際誰にも言わないでよかったー。言ってたら大事だったなあ。もう大変なことになる所だったなあ。セーフ。セフセフセーフ。無しでーす。昨日の全部無しでーす。ピース。ピスピスピース。