ラジオの声、となりの君
夏のホラー2022参加作品です。
深夜、僕は恋人を助手席に乗せて心霊スポットと言われている峠へと向かっていた。
その峠では草木も眠る丑三つ時、午前二時二十二分二十二秒ジャストにラジオのスイッチを入れると、死んだ人の声を聞くことが出来ると言われていて、そういう心霊現象や都市伝説が好きな僕は一緒に行こうと恋人と一緒にその峠を目指しているのだ。
時間が時間だから真っ暗で、山だからかうっすらと靄がかかって視界が悪い中を慎重にハンドルを操作して車を走らせる。
「いやぁ、死んだ人の声が聞こえるっていうけど、誰の声が聞こえるんだろうね?僕としては好きな人の声が聞こえるといいんだけど。君だったら誰の声を聞いてみたい? 誰の声が聞きたい?」
「 …… 」
僕の問いかけに、じっと前を見て無言のままの彼女。どうやらこんな時間のドライブで、しかも向かう先が心霊スポットということで怒って不機嫌になってるようだ。
まぁ、怖いところがあんまり好きじゃなかったし、怒るのは分かるんだけど無視は酷いなぁ。
「ん-、もしかしなくても怒ってる? ごめんごめん、今度、ちゃんと埋め合わせはするからさ、今日は付き合ってよ、ね? あ、噂の峠ってここかな? 時間も丁度、二時二十分だしいい感じの時間についたね」
「 …… 」
埋め合わせをするっていう僕の言葉にも、怒りが冷めやらないのか何も言ってくれない彼女。このドライブが終わったら、彼女が好きなブランドのバッグを買ってあげようかな、それとも彼女が行きたがってたお店に付き合ってあげる方が機嫌を直してくれるかな。
彼女と出会ったのは大学のサークルで、僕の方から付き合って下さいって告白したら、最初は驚いた顔をしてたけど、直ぐに笑顔でOKしてくれた。
高級志向の彼女と付き合う為にはたくさんお金が必要で、アルバイトをたくさんしてどうにか付き合うのに必要なお金を工面してたんだけど、毎日へとへとで授業中に眠くなったり、大変だったなぁ。
女の人とお付き合いするのって初めてだったから、彼女に色々と教えて貰ったんだよね。
それでブランドものや高いけど美味しいお店に連れていくと女の子は喜ぶって知ったんだ。
うん、まぁ、何にしても彼女と出かけられるなら僕は嬉しいから、それまでには少しでも彼女の機嫌が直ってるといいな。
そんなことを考えていたら、ようやく件の峠についたので車を道の端に停めていく。
有名な心霊スポットの割には車がいないなぁ、もしかしてガセネタだったのかな。
そう思いながらポケットからスマホを出して117にかけて、時報を聞きながら時間を確認しつつカーラジオのスイッチを押す準備をする。
「さーて、いよいよラジオのスイッチを入れるよ? 誰の声が聞こえるのか楽しみだね。それじゃあ、19、20、21、オン!」
『……ザー、ザー、ピー、ガガガ……ア……アァ……アァァ……だ、れ……?』
凄い! 最初はノイズが酷かったけど、本当にちゃんと声が聞こえてきた。
しかも、僕が聞きたいって思ってた声で凄く嬉しい。
「僕だよ、君の大事な恋人の僕」
『どうして、どうして……私に……』
「どうしてって、僕が君の声がどうしても聞きたかったからだよ」
『どうして、どうして……私の声を……』
「どうしてって、僕が君のことが大好きだからだよ。最愛の人だから声が聞きたかったんだ」
『どうして、どうして……私が好きなら……』
「どうしてって、君が僕と言うものがありながら、他の男と浮気するからだよ」
そう言って、僕は助手席に座っている恋人をちらっと見る。まだ怒っているのか、僕の方を見もせずにずっと前を見てる。もう、怒りたいのは僕だっていうのに……僕以外の男と楽しそうに、腕を組んでべったりくっついて嬉しそうに笑顔で歩いていたのを見て、僕がどれだけ傷ついたか分かってるのかな。
『どうして、どうして……私を……』
「どうしてって、仕方ないよね? 君を僕一人だけのものにするためには、永遠に僕の物にするにはそうするしかなかったんだから」
『あぁぁっ、あぁっ、い、ヤ、イヤアァァァァァァァァ……ァァァ……ァァ……ァ……ガガガ、ピー、ザー、ザー……』
「あれ? もしかしてもう終わり? なーんだ、これだけしか話せないんだったらこのスポットが人気がないのも仕方ないね。でも、久しぶりに声が聞けて嬉しかったなぁ、だからまた来ようね。ふふ、次はどんなお話が出来るか楽しみだね」
そう言って僕は、大好きな、最愛の人の、青白くて冷たい頬にキスをした。