宇宙の果てと世界の始まり
「我々は物体の現在の姿というものを、決して正確に視認することはできない。なぜなら物体から放たれた光が目に届くまでの間にも時は流れているからだ。その距離が天文学的なスケールになればなおさらのこと」
「あの空に浮かぶ太陽と地球までには0.00001581光年の距離がある。つまり太陽の光が地上に届くまで8分19秒かかるということだ。今、我々の目に映っている太陽は、8分19秒前の過去の姿にすぎない」
「言いかえれば、100億光年離れた天体を観測するとき、それは100億年前の過去を覗いていることになる。すなわち、はるか宇宙の果てを観測することで、この世界の始まりを目にすることができるのだ」
厳密に言えば、光が届くまでの間にも宇宙は膨張し続けているし、そもそも宇宙誕生から38万年の間は電子と干渉するせいで光が直進できないような高温状態だったため直接的な観測は困難だ。でもそんな些細なことはどうでもいい。
あの教師の台詞は一瞬で私の心を鷲掴みにした。雷に打たれた、なんて可愛げのある感動ではない。逃れられない力で引きずり込まれる、ブラックホールに捕まってしまったようなものだ。
「宇宙の果てを……世界の始まりをこの目で見たい!」
私の小さな頭の中は、たった1つのその大それた願望によってすっかり塗りつぶされてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ついに、完成しましたね! 教授!」
「ああ、そうだな」
振り返ってみれば随分時間が掛かってしまった。あの日から、私の人生全てを宇宙の果ての観測のみに捧げてきたのだ。電磁波、素粒子、重力波の三つを検出し複合的に解析する装置を開発することで、ついにその夢に手が届くことになった。万感の思いに浸りつつ、私はゴーグルを被る。
映し出された光景に、自らの目と正気を疑った。それは明らかに宇宙の誕生などではなかった。ごく普通の教室の中で、黒板を背に一人の男が授業を行っている。言葉は聞こえないが、彼が何を話しているのか、私は一言一句にいたるまで確かに知っていた。
「……すなわち、100億光年離れた天体を観測するとき、それは100億年前の過去を覗いていることになる……」
研究の疲れから白昼夢でも見ているのか。あるいは過労死寸前の脳内によぎる走馬灯かもしれない。とにかく、これは紛れもなくあの日の授業風景だ。
「教授……? どうかしましたか……?」
研究メンバーの心配そうな声も無視して、震える指で装置の微調整を行う。動悸を和らげるため何度か深呼吸して、再びゴーグルを装着した。
現れたのは、殺風景な部屋の隅っこで椅子に腰かけ、ノートPCの画面を睨みながら腕組みをしている会ったことも見たこともないひとりの人間。誰だこいつは? くそっ……残念だが、観測機の故障か誤作動に違いない。
これが……こんなものが、私が追いかけてきた世界の始まりな訳がないだろう。
……いや……まさか……そんな……。
私の意識はプツンと途切れた。




