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聖女と命の対価

作者: 白湯

誤字・脱字、設定ミスはご了承ください。

昔々、あるところに一人の女の子がいました。

その女の子にはある特別な力がありました。

それは、人の怪我や病気を治す力。

その女の子にかかれば、どんなにひどい怪我だってたちまち治ってしまったのです。


そんな女の子の力は、いつしか国の王様の耳にまで届くようにまでなりました。

女の子の持つ力の話を聞いた王様は女の子を呼び寄せて、こう言いました。


―――どうか勇者とともに魔王を倒す旅に出てくれないか、と。


この言葉に、心優しい女の子は力強くうなづいたのです。




それから五年の月日が経ち、勇者と女の子を含めたパーティーは見事魔王を倒すことができました。

そうして勇者達が国に戻ると王様はたいそう喜び、勇者達に言いました。


―――何か欲しい物はあるか。私のできる限り叶えよう、と。


勇者達は順番に自分の望みを言っていきます。

そして、ついに女の子の番になりました。

王様は言います。


―――此度の戦いで、聖女がどれほどの命を救ったのか聞いておる。何か望みがあるのであれば、申してみよ、と。


女の子は、魔王を倒す旅の中でいつしか聖女と呼ばれるようになっていました。

聖女はうつむけていた顔を上げて言います。


―――どうか残りの人生を、生まれ育った村で過ごさせてくれませんか、と。


聖女にはもうあまり時間は残されていませんでした。

なぜなら、それが聖女の能力の代償だったからです。

小さな怪我であれば、何の代償もなく簡単に治癒をすることができます。

しかし、命に関わるような大きな怪我を治す場合、聖女は命を削らなければいけません。

魔王を倒す旅の途中、勇者達はたくさんの大怪我を負いましたし、魔王達の蹂躙によってたくさんの人たちが傷ついていました。

彼らの怪我を治すために、聖女は命を削り続けたのです。

聖女は自分があと数年も生きられないことをわかっていました。


聖女が自分の命を削り続けていたことを知っていた王様は彼女の望みを叶えてあげることにしました。




こうして聖女は数年ぶりに生まれ故郷へと帰ってきました。

聖女はほっと息を漏らします。

聖女はずっとずっと故郷へ帰ってきたかったのです。

故郷にはたくさんのものを置いてきました。

たった一人の肉親である兄も、大切な親友も、大好きな初恋の相手も。


―――彼らは今どうしているのかしら。元気にやっているといいな。


そんなことを考えながら、あぜ道を歩いていると懐かしい声がしました。


―――聖女様じゃないか。魔王は倒せたのか?


その声の主は、大好きな初恋の青年でした。

思わず聖女の口元が綻びます。


―――えぇ。だから久しぶりに帰ってきたの。


彼女の答えに彼は笑って答えます。


―――きっと皆喜ぶよ。ずっと聖女様のこと、心配してたから。


聖女はその答えに嬉しそうにしました。

しかし、そのあと少し不満そうな顔をすると、


―――聖女様、っていうのはやめてちょうだい。前みたいに名前で呼んでよ。


聖女の答えに彼はびっくりしたような顔をすると、ぷっと吹き出しました。

聖女はむっとなります。

そんな聖女を見て彼はさらに笑いながら、


―――あぁ、わかったよ。今度からは名前で呼ぶ。


そう、約束してくれました。




青年と別れた後、聖女は五年ぶりのわが家にたどり着きました。

そして、どこか緊張した面持ちでそっとノックをします。

少し間が空いて、相手を聞く声とともにドアが開きました。

そこには、五年分歳を重ねた兄の姿がありました。

兄は聖女の姿を見てぽかんとしたあと、聖女をぎゅっと抱きしめて喜びのあまり泣きをしました。

聖女もそんな兄を見て、泣きました。


その夜、聖女と兄はたくさんのことを話しました。

聖女がいない間村で起こったこと、魔王を倒す旅のこと。

そして、聖女の残された命の時間のこと。

そのことを聞いた兄は今度は悲しくて泣きました。

聖女は自分のことを想って泣いてくれる兄を見ながらふわりと微笑み、これは自分が望んだことだから、といいました。

その言葉を聞いて、兄はさらに泣きました。




それから一ヶ月。

聖女はゆっくりと村での生活に戻っていきました。

平穏でゆるやかな日々。

もちろん嬉しいことだけではありません。

聖女にとって悲しいニュースもありました。

なんと、大好きな青年が聖女の親友と恋仲になっていたのです。


それを知ったとき、聖女はたくさん泣きました。

泣いて泣いて、涙を出し尽くしたあとに、笑って彼らにおめでとうと言いました。

自分の恋が叶わないことは、どうしようもなく悲しいことです。

でも、それ以上に安心していました。

自分の命はもうすぐ尽きる。

なら、彼の隣に、彼女の隣に、支え合える人がいてくれることは聖女にとって何よりも嬉しいことでした。




しかし、聖女の思いとは裏腹に、村で悲劇が起きました。


それは聖女が村へ帰ってきて、一年ほど経った頃。

柔らかな日差しが青葉を包み込む、春の終わりのことでした。


夕方、聖女は家でご飯を作り、兄の帰りを待っていました。

その時です。

ドンドン!、とドアを叩く音がしました。

びっくりして聖女がドアをあけると、そこにいたのは青白い顔をした隣人でした。

隣人はどこか要領の得ない言葉で話し始めました。


隣人の話をまとめると、村に魔物が出たというのです。

聖女達が魔王を倒したおかげで魔物の数は減っていますが、それでもまったくいなくなったということではありません。

この村の近くには魔物のいる森もあったので、村に魔物が出ることもありえなくはありませんでした。

出た魔物は無事に討伐されたそうですが、結果として何人もの人が大怪我を負ってしまったというのです。


隣人は言いました。


―――このまま放っておいたら死んでしまう。聖女の力で救ってくれ、と。


隣人は、聖女の力が聖女の命を削っていることを知りませんでした。

いいえ、隣人だけではありません。

聖女の対価は聖女と王様と兄以外、知らせていませんでした。

聖女は少し迷うそぶりを見せましたが、すぐにうなづきました。




聖女が怪我人のいる場所に着くとそこにはおよそ十人ほどに人がベットに横たわっていました。

そこには聖女の兄もいました。

どの人もとても苦しそうです。

放っておいたらきっと本当に死んでしまうでしょう。


聖女はなにかを決意したように近づき、一人ずつ治していきます。

聖女が怪我人に向かって手をかざすたびにあたたかな光が怪我人を包み込み、彼らに安らぎを与えていきました。

その幻想的な姿に、村人達は思わず見とれてしまいます。

聖女の瞳に宿る、わずかな苦悶に気づかずに。


そうして、全員を癒やし終え、聖女はふぅ、と息を吐き出しながらいすに座ります。

久しぶりに力を使ったせいか、疲れが顕著でした。

しかし、それ以上の何かが失われています。

これでまた、聖女の命の砂時計は少なくなっていることでしょう。

我ながら、本当にお人好しです。

聖女は自らの手を見つめながら、もう一度ため息をつきました。




怪我人が運び込まれた場所から、少し離れたところで休憩していたとき―――。

聖女に向かって、一人の青年が走ってくるのを見つけました。

あの、聖女が恋心を抱いた青年です。

青年はいつもとは違い、必死な形相でした。

全力で走ってきたのでしょうか。

彼は聖女の元にたどり着くと、息を途切れ途切れに言いました。


―――自分の恋人が魔物に襲われて重篤だ。助けてくれ、と。


どれほどの怪我の重さかは、彼の様子から容易に想像できました。

だからこそ、聖女は思わずいやだ、と言いました。

きっと彼の恋人を治したら、自分の命は尽きてしまう。

それほどまでに、聖女に残された時間は少なかったのです。


しかし、そんなことを知らない青年は叫びました。


―――お前は聖女だろう!、と。


その言葉が聖女の胸をえぐりました。

青年に悪意がないことはわかりきっています。

しかし、それは聖女にとってどうしようもないほどの言葉のナイフでした。


聖女はその言葉を聞いて、とりあえずその怪我を見せてほしい、と言いました。




青年の恋人、そして聖女の親友の怪我はひどいものでした。

顔色も悪く、傷もさっきの人たちとは桁が違います。

聖女は思わず顔を背けたくなりました。

聖女は後ろにいる青年に向かって、自分と怪我人の二人きりにしてほしい、と言いました。

青年は静かにうなずき、そっと部屋から出て行きました。


ドアがしまった音を聞いた聖女は泣き崩れました。


どうしようもないこの恋心が悲しくて。

迫り来る『死』が恐ろしくて。

そんなことを考えてしまう自分が苦しくて。

漏れる嗚咽だけが静かな部屋に響きます。


しかし、聖女が泣いている間にも、親友の命はこぼれ落ちてっているのです。

ひとしきり泣いた聖女は、親友をまっすぐに見つめました。

聖女は濡れる頬もそのままに震える手をかざします。

柔らかく漏れ出る光―――。

それとともに急速に聖女の命が削られていくのを感じます。


徐々に光が弱まり―――。

最後の輝きが消えた瞬間、どさり、と聖女の体が崩れ落ちました。




青年は恋人の泣き叫ぶ声を聞き、部屋に飛び込みました。

そこで目にしたのは、傷一つない恋人と―――。

もはや息をしていない聖女の姿でした。


そのあと、目覚めるやいなや急いでやってきた聖女の兄から事情を聞き、青年はたくさん泣きました。

自分はなんてことをしてしまったんだろう、と。

聖女の名前を呼びながら、何度も何度も謝りました。

しかし、その声に応えるものはもうこの世のどこにもいません。

そんな中、聖女を囲んで泣いていた村人の一人が気付きました。


―――涙に濡れた聖女が、ほのかに微笑んでいることに。





それから、いくつもの季節が通り過ぎ、いつしか歴史の中で聖女の名前は薄れていきました。

しかし、ある村では今でも語り継がれています。

―――自らの命を削り、多くの人を救った聖女の名前を。


そして、その村ではかの聖女のように、心根が強く優しい子に育つよう少女が生まれたときには聖女と同じ名前がつけられるようになりました。


その名前を、五月に咲く『希望』の花、「アイリス」、と。







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