5話
凜は知らないと言ったが若干、話し方が不自然であった。それは少し後ろから見守っていた蒼もなんとなく分かった。
「我は結構好きなゲームなんだ」
「あはは…」
「因みに柳葉は結構上手いんだぞ。日本代表にもなってる」
「それはすごいね」
柳葉はでは無く、豪太も強いので正確に言えば柳葉もである。
「風の噂で聞いた事無かったか?柳葉がゲームの日本代表になってるって」
「う~ん聞いたこと無い、かなあ」
蒼がEOFの日本代表になったことは学校の友人とEOF仲間は知っている者が多い。そこから漏れ伝わって何人か知っている者もいる。実際、蒼はEOF関連でクラスメイトから興味津々に聞かれたことも何度かある。蒼が日本代表になった事を知っている人間はそこそこいるということである。
「そうか。実はなEOFというゲームの日本代表に凜ちゃんがいるんじゃ無いかと思って」
「そんなわけないじゃない。私EOF?とかいうゲーム自体知らないのよ?」
それもそうだ。ゲームタイトル自体触れていない者だとしたら日本代表になっているはずが無い。知っていたとして、そして仮にRinだったとして、蒼に対して自分の正体を秘匿しているのだとしたら、こんな所で簡単に白状するはずが無い。凜は豪太に話しかけられた時よりも少し落ち着きを取り戻していた。
「それより豪太くん最近また太ったんじゃない?」
「ぎくり」
凜は指をフリフリしながら続ける。
「やせたいーって言うからダイエットメニュー考えたのにサボってる?」
どうやら蒼の知らないところで、極秘の豪太ダイエット大作戦があったらしい。豪太の体型は少し太り気味なので運動する事は良いことではあるが、専属トレーナーが付いていたとは。しかし、聞く限り順調では無いようである。
「それは…何というかだな膝が痛くてダナ」
「はいはい。また今度トレーニング見てあげるからしっかりやって頂戴」
「はい…」
話を逸らされているようであるが、これ以上凜の口から何かを聞くことは無理そうだということは分かった。頼みの豪太も凜にぷりぷり怒られていてこれ以上EOFの話を聞けるような感じでも無かった。結局の所、凜に直接聞いたが何の進展も無かった。
※
肌寒さを感じない帰り道。今日だけ特段暖かいのかというとそうではない。確かに肌寒い日はあれど、春もまっただ中に近づいて来ており、夕方も暖かい日が増えてきたのだ。もっとも、蒼は春の陽気をあったかーいと呑気に感じるより、考え事に夢中だった。考え事をしながら歩くのは危険なのだが、馴れた道だからだろうか、するすると歩いて行く。
「ただいまー」
「おかえりーお兄ちゃん」
蒼が自宅に帰ると琴美が迎えた。料理の良い匂いと包丁で具材を切る音が聞こえるのでどうやら晩ご飯の支度をしているようだ。琴美の方が早く帰るので夜ご飯は琴美が担当する事が多い。加えて琴美の方が若干、いやかなり料理の腕前が上なのは蒼も理解しているため朝以外は琴美に任せている事が多い。
「あ、お兄ちゃん宛に封筒届いてたよー知り合いの人かなあ?」
そう言って、キッチンからとてとてリビングへ行き、引き出しから封筒を取り出した。
「あーふみさんからだ」
琴美から封筒を受け取ると差出人は雲上文乃となっていた。
「ふみさん?」
だあれ?という顔を琴美がしているのでEOF日本代表のチームメンバーと話すとどうやら納得したようである。
「おーそれなら危険物が入っていることはないね!安心!」
「いやなんで危険物…」
琴美はこれにて一件落着はーっはっはは!と自慢げに言っている。どうやら昨日みた刑事もののドラマに影響されたようである。蒼は最後の10分しか見ていないので、ほぼ決めゼリフ以外の内容は知らないのだが。
「それはそうと中身は何かな~」
自室へと戻り中身を確認すると、手紙とハンカチが入っていた。
「ん?えーと『忘れ物返しとくね』か」
一言添えられた手紙とハンカチ。ハンカチには特段これといった特徴はない。汚れているといったこともない。ほのかに柔軟剤の香りがする。文乃が洗ってくれたのだろうか。ハンカチの右下部分にはKwssと刺繍が入っている。
「どっかで落としたのかなあ」
文乃が持っているということは、蒼が文乃と直接会った時に落としたと言うことになる。ハンカチにはKwssと入っているので蒼の物で間違いない。名前でKwssでは普通読めないのでわざわざこのような刺繍は蒼の物以外は施さないだろう。
「ん?待てよこれって…」
蒼は若干違和感を感じた。ハンカチ自体は何の変哲も無い物であるが、刺繍が変わっているので個性のある物になっている事は間違いない。しかし、個性がどうとかそのような違和感では無い。何処かで見たような既視感が蒼の中にはあったのだ。
「ふみさんに直接聞くか…」
Kwssという刺繍からもFFIに関係する物である可能性が高い。それに文乃が送り主であるならば聞いて見るのに適任と考えたのだ。送って貰ったお礼を言うこともかねて。
「これでよしっと」
文乃に夜からお話しできませんか?というお誘いのメッセージを送信する。
「おにいちゃーんごはんできたよー」
「あーい。今行く~」
一階から少し間延びした琴美の声が響く。蒼は短く返答すると、スマホを自室のベッドに放り階下へ降りていった。
※
翌朝。今日も今日とて学校へ行く。普段の通学路。心持ちは普段とは違う。蒼が校門に近づくと元気の良い挨拶が聞こえてくる。前回はなんとなく軽く挨拶を返しただけで終わっているが、蒼には今日この朝に目的がある。
「おはようございます」
「おはようございます」
凜から挨拶をされて蒼もよどみなく返す。あくまで凜は他の生徒に対する態度と何ら変わりの無い対応をしている。他の生徒は仲の良い生徒と一言二言軽く会話する者もいる。しかしそこはある意味ではこの凜と蒼の関係では今は仕方が無い。すまし顔の凜に蒼は近づいていく。蒼が凜の近くで止まると凜は少し動揺したかのような顔を覗かせた。
「話がある」
「えっ?ちょっと…」
蒼は一言だけ言い残し凜にメモ書き一枚を渡し、困惑する凜を尻目にその場を後にした。
教室に着くと既に豪太は居り、クラスメイトと談笑しているようだ。
「おはよう」
「おぉおはよう柳葉」
豪太と話していたクラスメイトとも蒼は挨拶をして豪太の方へと向かう。
「豪太」
「む?なんだ」
「今日は昼に用事があるから飯は食べててくれ」
そう言うと豪太は頷いた。
「ふむ。了解したでは今日は他の人と昼飯は取るとしよう」
豪太は蒼から別の話し相手に向き直りまた真剣に話し始めていた。何か真面目な話でもしているのだろうか。
「でだな…この衣装と振り付けがこのグループの魅力を引き出しているのだっ!」
「ほほう…」
…どうやら真面目に推しアイドルグループの布教活動をしているようだ。
「いや…ほほうって…」
クラスメイトにも若干豪太の台詞が移っている気がするが、同じ趣味を共有する仲間であるのだろうか。やはり共通の話題は何かと話の種になる。加えて初対面の相手や、よく知らない相手と心の距離を詰めるのに最適と言える。そしてコミュニケーションの材料にもなるだろう。蒼と凜がもし同じ趣味で繋がっていたら、今の少し微妙な関係に変化があるかも知れないし、元々微妙な関係になっていなかったかも知れない。
「まあ、話してみなけりゃ分からないか」
蒼は昼に凜と話をしたいと伝えた。内容は昨日の文乃から聞いたことによって分かった事である。蒼は何を話すかはほぼ決めているのである。
蒼は昼休みの事を考えながら、朝の授業の準備へと取りかかっていった。