4話
「え?Rinさんが女性?」
蒼が不思議そうに答えると文乃は蒼よりも不思議そうに答えた。
「いや、りんちゃんと蒼ちゃん会ったこと…あ、ないのか。でも声でのやり取りはしてたなら分からない訳ないとおもうんだけどー」
実はFFIメンバーの中で唯一顔を合わせたことがないのがRinである。打ち上げ等の集まりには一切顔を出しておらず、またどこかで待ち合わせ等をして出かけたことも無い。
「いや、だからこそですふみさん。俺が聞いていた声は若い男の声でした」
蒼がいうと文乃は余計に困ったような顔をした。
「いや、私は直接会ったこと何度もあるし個人的なデータも履歴書で知ってるから完全に女性です」
「えー?!??」
さも当然のように言う文乃。文乃は直接会っているんだし、データとしても持っているとすればそれが嘘や文乃が見ている方が偽物である事にはならない。文乃が当然のようにいうのは普通のことである。むしろ蒼が見ていたRinというものが一体何なのかということである。困惑が隠せない蒼に質問はおしまいとばかりに他の話題へと話を切り替えていく文乃。しかし、蒼は話を半分も聞いている事無くその日の雑談会は終了となった。
「まあ、たまにはこういうのも良いよね。あと蒼ちゃんが言ってた男のりんとやらについてもまあ少し調べてみるよー」
「はい、まあ今日は楽しかったです。また遊びましょ」
「ん。んじゃおやすみー」
「はい、おやすみなさい」
頭の中がこんがらがっている蒼ではあったが普通に会話は出来ていた。とはいえ途中から意識が話している相手にほぼ向いていないというのは若干褒められたことではない。分かっていても思考する事を止めることが出来ないのである。
「うーん…うーん…」
Rinが元気である事を知れてほっとした蒼ではあったがまた一つ考える事が増えた。しかし、ネガティブな事に比べたら幾分かましであると考えていた。
「とはいったものの…すっきりはしないなあ…」
どうやらこの問題が解決するのももう少し先のようである。
※
翌日学校にて豪太に文乃から聞いたことを話すことにした。
「おっす豪太」
「む、柳葉かちょうど良いところに。今からEOFをやろうと思っていたところだ。共に戦おうぞ」
「豪太、話がある」
「いや、無反応かい」
眼鏡をキラリーンとさせながら言う豪太に蒼は特に反応もせずに粛々と話を進めようとする。その反応に若干不服そうな豪太であるが蒼はまあ、無視をしておくことにした。
「して、話とな。また改まって。もしかして我が輩イチオシのアイドルグループのBDを借りたくなったのか?」
「いや違う。まあ、EOFに関係する事だ」
蒼も豪太から色々いわれてほぼ強引に押しつけられたBDを見たことはあるがまあ、結構良かったので借りようという気持ちもあったがそれはまた別の話なので本題に入ることにした。
「実はな、FFIのメンバーと昨日ビデオ通話してたんだ」
「ほほう!誰だ!」
豪太は少し目を輝かせていた。豪太にとってはFFIのメンバーと言えば自分の中で有名人であるのでこのような反応になるのも普通である。野球少年がプロ野球選手に会ったらのと同じ発想をすれば分かりやすい。この例えと若干違うのは豪太も猛者であり、どちらかというとFFI側の人間であると言うことだろうか。
「ふみさん…っていっても分かんないか。BunBunだよBunBun」
「おっ!あのブンブン丸か!あの人なら俺よくしっとるしっとる!」
「ああ…うん…そうだね」
ここだけの話、文乃はあまりブンブン丸という二つ名を気に入っている訳ではない。本人曰く「あまりかわいくない」とのことだ。確かに女の子に付くにはなんとなく違和感があるのは蒼も同意である。女性であるということも文乃の場合は隠していないし、インタビューにも答えている為知れ渡っているものの、そうなったのが日本大会優勝の前後当たりの事なので既に浸透しているブンブン丸は消えずに残っている。一部ファンはEOFの女神という人もいるが少数派なので、EOF古参の豪太が前者なのはごくごく自然なことである。
「Rinさんについて何個か分かったことがある」
「ふむ…」
少し真面目な雰囲気が場に満ちる。豪太も少し気に掛けていたこと。自ずと豪太は蒼の話に集中する姿勢になる。
「まずはRinさんの現在についてなんだけど詳しくは分からないらしい」
「そうか」
「でも、チーム脱退後もしばらくはやり取りをしていたみたいで、元気でやってるって」
「…そうか」
同じ言葉でも、2回目は少しほっとしたようなそんなニュアンスが含まれていた。
「良かったな柳葉。心配事が解決してな」
「…まあな」
はっはっはと笑う豪太と少し含みのある言い方となんとも言えないような表情を浮かべている蒼。
「ん?あまり喜んでおらぬようだが」
「いやそんなことは無いんだけどさ、少し気になることがあってだな」
「なんだ?」
未だ蒼自身も信じられない気持ちと、なんとなく整理が付いていない頭だが豪太にも言おうと決めていた。話した方がすっきりするかも知れないと。
「Rinさんは女性らしい」
「む?…むむむむ……むむっ!」
豪太はピカッ!と目を見開いた。蒼から男と聞いていたのにすぐにその事実が訂正されて驚いているのだろうか。すると、少々の高笑いと共に蒼の肩を叩きながら言った。
「良かったな柳葉!ハーレムじゃないかあ!うらやま!!」
「そこじゃねえええええええええええええ!」
蒼は叫びながら突っ込んだ。
「違うだろうが!え?男じゃないの?でしょ普通の反応は!」
なんというか的外れな反応のような気がするのだが…豪太は手をポン、と叩き
「おお!それもそうだな!」
と言った。蒼はずっと男であると思い込んでいてそれが違ったのだから驚きも大きい。しかし豪太は先日聞いたばかりだったのでその事実がひっくり返った事への驚き等の感情よりも面白さの方が勝ったのかもしれない。
「…はあまあいいけどさ」
蒼はため息と共にそう言った。実際の所FFIのメンバーは男女比が1:3なので豪太が言うようにハーレムと言うことも出来なくはない。出来なくは無いが本人達が聞いたら怒りそうなので辞めて欲しいと言うところである。それ以前に蒼はずっと男女比2:2だと思っていたわけであるのだが。
「じゃあ…そういう事だからちゃんと伝えたからな」
「おうよ」
蒼は若干疲れを感じながら購買へととぼとぼ歩いて行く。特に疲れるような事はしていないのだが、ツッコミ疲れというか精神的なものであろう。蒼は焼きそばパンを買って教室へとまた帰ることにした。
「お、帰ってきたか柳葉」
「ん?ああ」
蒼の帰りを律儀に待っていたのか、豪太は弁当を食わずにいたようである。
「なんだ、待って無くてもいいのに」
「いいのだ。我が勝手にやっていることだ」
「そうか…じゃいただきます」
「いただきます」
二人同時に挨拶をする。クラスメイト達は既に食べ始めている者が多い。
「そういえば珍しいな。柳葉が弁当持ってこないのも」
「うん。まあ、たまには購買のパンも食べたくなってね」
嘘である。昨日は考え事をしすぎて少し寝不足になって弁当を作り忘れたなんて言えない。妹から起こされても全く起きれなくて、遅刻しそうなぐらいだったなんて言えない。朝ご飯妹に全部任せっきりだったなんて…言えないわ!
「して、…どうするのだ」
「ん?どうするのだって何を?」
蒼はパンにかぶりつきながら答える。豪太も白米をかきこみながら続ける。
「凜ちゃんに聞いてみたいとは思わぬのか」
「ぐほっ…!!」
蒼は盛大にむせた。
「またお前そんなこと…」
豪太の言葉は色々と抜けているが二人の間ならば、話の流れからして示している事は一つである。Rin=秋月凜説である。確かに男性であるという一番の否定材料は無くなったわけであるが…。
「確固たる否定要素は無くなったけど、どうしてそこに戻るんだよ!」
「なんとなくだ」
「なんとなくって…」
なんとなくでは困るのが蒼の立場である。もしそうだったらと、色々沢山考えているのは蒼の方なのである。豪太は口に出して言ってみているだけでノリは軽い。蒼が次の言葉を紡ぐ前に豪太がまた口を開いた。
「それならば本人に聞いたら良かろう」
「なっ…!」
これまた何の気なしに豪太の口から出た言葉であるが、蒼には効果抜群だった。嫌だ。蒼にとって一番避けたいことである。しかし一見気まずい空気になる選択肢のようで、洗いざらい全てを聞くことも出来るという実は一番楽になれる可能性もある選択肢だった。
「でも、秋月はそんなにゲーム得意じゃないだろ?どうしてFPS競技シーンに来ようとするんだ?」
「ふむう…」
それでもやはり直接聞くのはためらわれた。高校に入ってからほとんど会話も無い凜と、このことについて話すというのは気が乗らない。余計に気が滅入るだけだと思わざるを得ない。ただでさえ関係性が相当微妙なものなのにこれがきっかけで関係性が余計にこじれてしまうぐらいなら、聞かない方が良いと考えている。しかし、豪太が蒼のそんな心情が分かる訳がない。蒼が凜との関係が微妙なものである事を隠しているからだ。
「それに…」
「まて柳葉」
他の否定材料を蒼が挙げようとしたときだった。
「何故そこまで必死に否定しようとするのだ?」
「それは…」
豪太の少しふわっとしたような、それでいて確信を得ようとしている言葉が蒼に向けられる。
「いや…柳葉。深い意味は無いのだが…」
「…」
「少し凜ちゃんの話題になるとお主いつもより焦りが見えるぞ」
「…」
蒼は何も言葉が出なかった。図星だったのだ。
「前にも言ったが本当に凜ちゃんと会話はあるのか?」
「…あるよ」
ある──蒼の言葉に嘘はない。例え1年に数回しか会話が無くとも。
「そうか…」
豪太の言葉はもう色々と察しが付いたような物であった。こうなるのは大体蒼も予想が付いていた。1年もの間親しく話す事もなく、この件に関しては豪太の言っていることが的外れであると言い聞けば済むだけの話を頑なに聞きたがらない。おおよそ凜に対する反応が長年の付き合いのある仲の良い幼馴染みに向ける物ではなかった。
「むむむむ…むむむっっっっっ!」
若干の心配がこもった視線を向けていた豪太であるが蒼のなんとも歯切れの悪い言葉を聞いて、何かを決心したかのように残りの弁当をかきこんだ。
「ええい!よく分からん!!こうなったら凜ちゃんがRinなのか本人に聞いてやる!」
「なっ!豪太!」
蒼が止めようとするも豪太はずんずん進んでいく。
「凜ちゃん!」
教室はとても広いものではない。つまりは直ぐに目的の場所まで着くのだ。制止が少しでも遅れたら止まるはずが無い。
「何?豪太くん」
凜は自然な笑みで豪太の方へと振り向く。これが仲良しの幼馴染みならば普通向けられる物であろう。蒼が廊下で出会った時のような気まずい空気では無く。
「EOFってゲーム知ってる?」
「…………知らないよ?」
凜が答えるまで約10秒。明らかに間が長かった。