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015 その出会い×その1

山と山に挟まれた窪地、そこに広がる田園地帯と畑の数々。所々で小さな家屋も見える集落の道を物騒な格好をした少年が歩いていた。

部分鎧のついたコートに数々のベルトで固定されたような大きな袋を紐で担ぎ、横には太刀とも取れるような刀を下げている。ボサボサの髪は棘のようになっておりその下にある顔には鷹のような鋭い目、頬には一筋の傷が付いていた。

常に威圧感を周囲に振りまくその姿から声をかける者は誰もいない....はずだった。


「よお、兄ちゃんおかえりー」


「あ、首狩りの兄ちゃん帰ってきたよー」


「あらゼロくんじゃないの。漬け物食べてく?」


「お腹空いてない?」


「あ、兵士の兄ちゃんだ、おーい」


ゼロと呼ばれたこの少年は、ぎこちなく「はい」とか「どおも」とか「では」などの簡単な言葉しか返さず、その場を切り抜けようとする。

出来るだけわからないように早足で、不快感を抱かれないように言葉は丁寧に。

そして、なるべく子供の夢は壊さない....。


(あれ?おかしいな?)


日頃周囲に気を使うことを自然に行っている彼、ゼロが気づくと、その周りには10数人の人集りが出来ており、完全に前に進むことが出来なくなった。


(....おかしいな?)


オレは早く家に帰りたいのに。そう思いつつ村で出迎えてくれた皆の気持ちも無下にも出来ず、そのまま仕方なしに土産話まで要求されてしまう始末。


結局解放されたのは夕刻に入ってからで、ゼロは日が落ちてから自分の家へとくたくたになって戻ったのであった。




村の中心街から程なく離れた防風林の近く、簡単な構造の門と柵に囲まれた建物があった。


[エンリ村診療所]


門に書道家の書いたような気合の入った看板を掲げ、周囲の家屋よりもやや作りの良い、屋敷とはいかないまでもそこそこ大きめの家だった。


「ただいま....ヤノ。」


ゼロは力なく戸を開け、玄関に靴を投げ出すと床に座りため息を吐く。


「おかえり。ゼロ。」


出迎えてくれたのは揉み上げを鎖骨まで伸ばし後ろを短く切りそろえた黒髪の少女。格好は着物、和装であり、その上に白衣のようなものを羽織っている。顔はやや吊り目気味の威圧感がある感じだが、傍目から見ると気の強そうな美人とも取れる外見であった。


「だいぶ、もみくちゃにされたみたいだな。」


「ああ、まったく。」


ゼロは疲れたと主張するように言うとこれ土産とヤノに村人から掴まされた荷物を見せる。


「なんで旅から帰ってきた側なのに大量の土産を地元連中に持たされるのかね。」


ゼロは貰って来た諸々を居間の床にどっと置くと外套を壁にかけた。ヤノはその荷物の封や紐を解き、そのまま縁側の方にズラーッと並べていく。中に入っていたのは採れたて新鮮な農作物、米の入った袋やら干し肉の束、塩魚の干物など多種多様な食べ物たちだった。


「そりゃあんたがあちこちで頑張ってるの知ってるからさね。」


「人殺しで金稼ぐのを頑張ってるなんて言えるのかね。」


「ここから出ない人らには身内が有名なだけでも十分嬉しいもんなのさ。期待されてんだよ、良かったねぇ。」


ヤノはケラケラと笑うとお茶を淹れて、ゼロに渡した。ゼロはありがとうと返すと貰った諸々を整理し始める。


「あ、明日は爺さん....ムートさんの所に行ってくるから米とかは取っといてくれ。来季の山狩りの打ち合わせしに行かなきゃならん。」


「あらら、帰って来てそうそう次の仕事かい?お、梅干しと乾餅もあるね、これも持ってってやりな。残りはうちのご飯と診療所の皆で分けようかね。」


「おばちゃん達、またどっか行くと思って毎回保存食くれるんだよなあ。」


「ありがたいことじゃないか。今度何かお返ししないとねぇ。」


整理し終わるとヤノは、お風呂入っといでとゼロに言った。

ゼロは礼を言うと居間をあとにする。すると廊下の途中でこの家のもう1人の住人とすれ違った。


ボブカットで赤みがかった髪、少し露出のある術士風の格好をしたスタイルの良い少女だった。


「おかえり、ゼロくん。」


「クレア。こっちに来るなんて珍しいな。」


クレアと呼ばれた少女はまあねと力なく返した。


「お師匠様に医療用の文献の写しを頼まれたのよ。いくつか診療所の書庫に置いてきたから複写しといてくれって。」


「何冊だ?」


クレアは4の数字を指で出して、大きくため息をした。


「4冊?」


そうよ、しかも分厚いやつ、とクレアがゲンナリした顔をする。


「これを来週までに用意しないといけないのよね。」


「それはお疲れ様だな。」


「これが終わったら飲むの付き合って。というか何か肴作って私を労って。」


「ああ、終わったらな。」


頑張れとゼロが言うとクレアはため息まじりに診療所の書庫へと消えていった。おそらくは2日程は徹夜同然の生活になるだろうなとゼロは心の中で同情した。

ゼロはそのまま風呂場へ入っていくと着ているものをぱぱっと脱ぎ湯船に浸かった。


「しみる....」


そのまま頭まで湯船に浸かる。時間的には自分が最後になるはずなので多少お湯を汚しても問題はないだろう。

今日は一日歩き通しだったのだから。


一番近い街からも大人の足で丸一日かかるこの村は領地の中で云えばそこそこ内側に位置する。しかし周囲は山に囲まれ荷物を運ぶ際にも峠道を選ばなければならないため他所からの往来はそれ程多くない。


この地にゼロの師匠である魔女スグリが移住したのが10年前。そしてそのスグリが現トウオウ領主と共に辺境地の医療向上を目指して建てたこの診療所。

それは現在ゼロを始めとする魔女の弟子たちの拠点のひとつとして、その弟子の1人、ヤノが診療所の筆頭医として看板を守っている。


師匠の側付きには遥か西方、霧の谷から来た術士のクレア。ゼロは出稼ぎのために戦場で傭兵として働き、家計を助ける。他にも何人かの魔女の弟子がこの山々や集落の中でそれぞれ仕事を持ち、村の社会の中に溶け込んでいる。

人種や種族問わず、魔女の弟子としてあらゆる場所で有用な人材として育成される場所。それがこのエンリ村の一つの側面であった。


ゼロは風呂から上がると就寝用の着物に着替え、台所の倉庫から酒瓶一本と夕方村人に貰った漬け物を食べる分だけ皿に分けて縁側へと出る。

今夜はこれで一杯やってぐっすり寝たあと、自分の着てきた衣類の洗濯と山の猟師ムートの所に行って狩りの打ち合わせをしなければならない。

色々やることがあって息つく暇もないが、これが彼にとっての日常である。少しするとヤノも自分の御猪口を持ってきて呑みの席に加わった。

お疲れ様と互いに言って軽く乾杯をする。そして二人で酒瓶一つ、漬け物3皿分を食べ終えるとそのままそれぞれの布団に入り就寝した。





「落下ポイントはこの座標で間違いないのですか?」


暗い部屋の中、4人の男女が球体の投影装置を囲んで話し合っている。出力されているのは山の高低差を表す地図。その中のいくつかに赤い点のマークが付いており、横に何らかの文字が書かれている。


「そこだけってわけじゃなくて、そこに提示された座標数点のどれかか、もしくはその点を結んで出来た範囲の中になるわね。」


女の声が補足をする。


「いまのところ本国は動いてねえようだし、奪取するならこの隙きに、てことか。」


「大隊長殿との連絡は取れましたか?」


太い声の男に続き、細い声の男がもう一人に確認を取る。


「3時間後にポイントA654にて合流するとの連絡を受けています。」


「てことは[姫]は、それまでに回収する必要があるわけですね。」


「ええ、連絡内容は手段は問わず、生きた状態で捕らえること。」


「その[姫]ってのは生き物なのかい。」


「人型であるというのは間違いないそうですよ。」


4人のうち、3人がため息をする。


「....まあ、所詮運び屋の仕事さ。あたしたちに仕事の成否なんて期待してないんだ。....そうだろう?」


女が男に確認を取る。男はまあそう言わずにと女に言う。


「大隊長殿は貴方達に期待してらっしゃる。私から言えるのはそれだけです。それに仮に逃げるようなことがあれば私の手で貴方たちをを殺すようにとの命令を受けておりますゆえ。」


「う。」

「ぬう。」

「うぐぐ。」


3人の顔が強張る。


「もっとも、あなたたちがきちんと仕事をしてくれれば何も問題ありません。私も必要以上に手を汚さなくてすみますしね。あなたたちはコードネーム[姫]がこのポイント周辺のどこかに落下した後、中身を回収。そしてポイントA654で合流する我らの本隊に引き渡す。....以上これだけを守ってくれれば良いのです。....ちなみに戦闘行為の可能性は低いと思われますが油断しないように。ここら辺りはヒノエ国の軍も駐留していないのは確認出来ていますが万が一というのもありますからね。」


男は装置を消すとそのまま外へ出る。時刻は昼過ぎ。場所は山の斜面にあった狩猟用の洞穴だった。そこから出てきた男は軍服のような軽装甲付いた服に一本の刀を腰に差した格好、頭は長髪を真ん中分けにして残りを後ろで一本にまとめている。まさしく軍人とも言える出で立ちであった。

彼は空に光る一筋光に目を向ける。


「ちょうど来たようです。」


洞穴の中から残りの3人が出てくる。


「各々目標地点へ、降ってくるモノもモノなので死ぬことのないように。」


3人は了解、と返事をするとそれぞれ受け持ちの場所へと向かっていく。


「大隊長殿。[姫]は、このギザルカが必ずや貴方のもとへ。」


軍服の男ギザルカはそのまま森の中を一気に走り抜けていった。



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