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EX−1−1 東の地より×旅人たちの序章

薄暗い部屋の中、少年は目を覚ます。

不規則に揺れる床で何とか平衡感覚を保ちながらも彼はその部屋のドアを開けた。天井にランプの吊るされてる廊下を抜け、突き当りの梯子を登る。その上に有る蓋を開けるとそこは朝焼けの世界だった。

巨大な帆、木造で作られた甲板。周りは深い青のどこまでも続く海。ここは船の上だったのだ。


「遅いぞ、ピクス。何してた。」


突如後ろから女の子の声がしてびっくりする少年。

手摺のところに少年と同い年くらいの頭巾を被った男の子と見間違うような格好の少女がそこにいた。


「シュリが早いんだよ。昼番の船員さん、まだ起きてないじゃないか。」


少年、ピクスは文句を言う。するとシュリと呼ばれた少女がそのまま飛び降りて危なげなく着地した。


「夜番の人の後片付けを手伝わなきゃならないの。あと、あたし達は下っ端なんだから他の人よりも早く来るのは当たり前でしょうが。働くことを条件にこの貨物船に乗ったんだから、テキトーなことしないの!」


「う....わかったよ....。」


「よろしい。というわけでこれ、食べない?」


シュリが出したのはパウと呼ばれる無発酵で作る平たいパンのようなものであった。そこに酢漬けの魚と薄くスライスした玉ねぎを乗っけて挟む。

二人はいただきますというとそのままかぶりつくように食べ始めた。シュリのほうが先に食べ終わるとすぐさま2枚目に手を出し、同じように魚と玉ねぎをはさんでムシャムシャとかぶりついた。女の子の食べ方じゃないよなあとピクスは内心思いつつ、ピクス自身の方はここに来た当初はシュリや他の船員に飯の食べ方が上品だと笑われてしまい、それ以来は周りの船員と同じように食べることを心掛けている。最も生来の気質のせいかそれも上手くいってはいないようだが。


「ピクスってさ。やっぱり良いとこの生まれだよね。」


「良いとこ?まさか。僕がほとんど文無しだったの知ってるだろ?」


「今はそうでしょ?昔だよ昔。」


ピクスは嫌な顔をして答えたくないのを地味に主張するがシュリには通らない。一度ため息を吐くととりあえず取り繕いながら話すことにする。


「金持ち....というか貴族の遠縁だったってのは本当だよ。母さんがさ、その時の作法を色々覚えてて、僕たちにも強要したんだよ。僕の動きがそう見えるとしたら、たぶんそのせいかな。」


「ふーん。」


ピクスは上手く誤魔化せたかとシュリの顔を見たが、シュリは特に疑うでもない様子で3枚目のパウに手を付ける。


「しっかりしてそうな親御さんで羨ましいなあ。」


ピクスはそれにえ?と思い、どういうこと?とシュリに聞く。


「うちの親、てーか母親?わりと人に言えないことで生計立ててたのね。まあ何やってたかは子供のピクスには言えないんだけど、まあ家にしょっちゅう自分の仕事のお客さん入れてたわけよ。あたしはいつもそれでクローゼットの中にぶん投げられてさ。まあ、その母親もなんか病気貰ったとかでもう死んじゃったんだけどね。」


ピクスの頭が追いつかないほどの密度で身の上話をしたシュリに、ピクスは一言、大変だったんだね、としか言えなかった。自分もそこそこの場数を踏んで来たつもりだが、シュリの話を聞いて、この子には敵わないと本気で考えてしまったのである。


「まあそれでね、気付いたら家追い出されて路上暮らしでさ、モノ盗んだりとか生ゴミ漁ったりして生きてたわけよ。そしたらある日変な親父に捕まってさ、ここに預けられたってわけ。以来毎日肉体労働でね、まあ食べ物と寝る所に困んないから最高だけどさ。」


「あはは....。」


すいませんそれ普通にきついですよね、とピクスは言いたくなったが結局言い出せず、彼は密かに自分のひ弱さを呪うのだった。



その日の昼、ピクスの乗った船は小さな港町に着いた。船はこの後もう少し北上した所にある港町で荷物を降ろしたら、そのままクーロン領の方へ戻るらしい。

ピクスはここで荷物をまとめ、船を降りることになった。


「帰るアテはあんのかい?」


船員がピクスに聞く。


「ここからは陸路で帰ろうかと、途中いくつか寄るところがありますので。」


「そうか、もしすぐにクーロンに戻るなら乗せてやれないこともなかったんだが。」


ピクスはいえ、と一言断ると、


「ここまで無償で送ってくださっただけでも十分です。ありがとうございました。」


「無償ってわけでもなかったがな....ははは。」


「ピクス!身体に気をつけてね!」


シュリが去っていくピクスに手を振った。


「シュリも!皆さんもお元気で!」


ピクスはそのまま街の市の中に消えていった。

シュリと船員たちはそれを見えなくなるまで手を振っていたのだった。



「....行ったかな?」


「行ったな....。」


シュリと船員が小声で話す。すると船員の一人が大きなバッグをシュリの所へ持ってきた。


「ありがとう。」


シュリはすぐに船員の服を脱ぐとバッグの中に入っていた特殊な縫製の服を着用する。次に頭巾を取ると中からは腰まである金髪がばさぁっと広がる。それを頭の左右で半分ずつ結び、次にそれを上からカバーするような帽子を被り、最後に鞘のついた槍と旅人用の外套を羽織る。


「荷物は次の入り江の奥、そこに荷降ろし出来る場所があるから、そこにお願いします。」


「わかった、お前も気をつけてな、シュリ。」


「ただ、あんな偏屈に物資を送る事自体がおかしいと私は思いますけどね。」


「まあそう言うな。連中の資本がこちらに流れると考えればそう悪いことでもないぞ。」


船員はシュリに金銭の入った小さな袋を手渡すと合わせてポーチのような物も渡した。


「中身は追加の術石が入っている。大事に使え。」


「はい。マルトーさん、皆さんもありがとうございました。またどこかで。」


シュリはそのまま外套を頭まで被ると、周囲の景色と溶け込むように姿を消してしまう。


「あれが[リンドブルム]。バルバキア空挺軍所属の隠密部隊か。....よし、出港する。準備かかれ!」


マルトーが船員に指示を出すと船は横に装着した術式具によりゆっくりと移動をはじめる。そのまま岬の方へと向かっていき、次第に人々の視界からは消え失せていた。


シュリは町を一気に抜け、街道から横道にある峠道へと走っていく。そのまま尋常ではない跳躍力で崖を一気に登り切るとある集落の近くの里山に出た。

望遠鏡を出し、例の遺跡があるという場所に位置を合わせる。


「....ギリギリ間に合ったかな。」


遺跡の入口の所で兵と口論をしている銀髪の少女、その横に武装した外套の少年がいた。シュリは術石の一つを集音用の術具につけ、さらにバグと呼ばれる小型偵察機械に持たせて近くまで飛ばしていった。

しばらくすると念話用の術具から音が聞こえてくる。


「だから何で入っちゃだめなんですか!?こっちは正規の形できちんと許可取ったんですよ!時期だってきっちり決めて!調査が遅れてるのはそっちが原因でしょ!?とにかく中に入れてください!!」


「だめだって言ってるのがわからんか!このガキ!こっちだって正規の手続きで許可取ってるんだよ。それに期間の超過申請はすでに送っとるし契約上外部の人間は入れることが出来んようになっとる。

あ・き・ら・め・ろ!!」


「なあ!?」


兵士の正答かつ若干大人げない対応に銀髪少女がキレそうになる。横の少年の方はしばらく様子を見ていたが、やがて少女の方を説得するとそのまま連れ立ってそこを後にした。


「やれやれ、存外気の強そうなねえちゃんだなあ。....ん?」


シュリが望遠鏡を見ると外套の少年が集音器のある方を見ている。すると少年は地面から石一つ拾うと集音器の方へ思いっきりぶん投げた。


ガシャン、ビビビビビーーーーーーーー!!という耳によろしくない音がシュリの念話用の術具から発せられる。


「にゃあああああああ!!!」


シュリは思わず耳を抑え、声を出してしまった。そして慌ててスイッチを切ると望遠鏡でこちらに気づいてないかを確認する。

少年は一瞬こちらを見ていたようだが、すぐに視線を外し、そのまま少女と歩いて行ったのだった。


「くそ、あんにゃろめ。なんつー心臓に悪いマネしてくれとんじゃ。殺す気かよ。はあ....はあ....はあ....。」


間違いなくこちらの存在には気づいてた。場所まではバレてないと思うが、一刻も早く去らなければあの少年が探しに来かねない。

そう感じたシュリはそそくさと撤退準備をし、その場を逃げるように後にした。


「ねえゼロ。」


銀髪の少女が少年に聞く。


「ん?」


「今、何かいたの?」


少年はいや何も、と一言だけ返した。その後彼は夕飯用のウサギを獲る際にシュリの潜伏していた場所を確認したが目立ったものはなかったので、結局そのまま知らんフリを通すことにしたのだった。




「ああ、どうもリンドブルムcsです。例の遺跡で確認したのは間違いなく[姫]とその守護者の一人でした。ついでにクライブ家のゆかりの者も一人遺跡に向かっているのも確認済みです。あとはそちらにおまかせすることになりますのでよろしくお願いします。」


これでよし、とシュリは最寄りの村の温泉からさる所へ通信を送った。通信状況が良ければ明日にはこちらの情報は中継され、届いているはずである。


「ふう〜、本日のお仕事終わりぃ〜。あとはこのままトウオウ領を抜けて、名湯秘湯巡りと洒落込んで....。」


ビビビビっと通信が入る。


[本部よりcsへ。そちらの用事が終わり次第、トウオウ領の近くに滞在している辺境統治大隊第6小隊ゼファルカー隊と合流し作戦に参加せよ。繰り返す....]


シュリが湯船の中に沈む。その後、浮き上がってから復唱するものの、どうにも組織として動くことに馴染めないでいるシュリであった。


「お休みを....あたしにお休みをくださぁぁぁい....しくしく....」


悲痛な小声の叫びはそのまま夜の闇と湯けむりに消えていった。

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