013 東の地より×After
「ありゃ、カイロス様。お客人は?」
紳士帽を被った風来坊のような格好の男がカイロスの元へと現れた。その両手には箱に入った猪肉の炙り焼き (串焼き)を持っている。
「おかえりゼンジ。もうとっくに帰りましたよ。」
「遅すぎよ。この根腐れ糞男。」
ピアニーが毎度恒例とでも言うように罵倒する。
「うわ、酷いな、姐さん。これでも結構急いだのに。」
「本当、随分遅かったですね。何があったんです?」
「店主のやつが途中肉が足りないとか言い出して、仕入れに行きましてね。おかげで無駄に30分も待たされるはめになりました。」
「30分?」
カイロスが首をかしげる。ゼンジは、ええ30分はそれで、と返してカイロスの耳元まで顔を近づけ小声で話す。
「タルシン一派の連中を2人ばかり捕まえました。こいつを食ったらご案内します。」
「おや、それは収穫ですね。ぜひおねがいします。」
「それでも遅すぎるけどね。」
ピアニーの余計な一言にゼンジは苦い顔をする。
食事の後、ゼンジは森の入口にある小屋の中へカイロスを案内した。ゼンジがこちらへ、とカイロスを中に引き入れると、中には縛られて転がされている2人の兵士たちがいた。
「隊長....来ちゃいましたよぉ。」
「慌てるな。相手は海運商隊の重鎮だ。話せば何とか....」
「なりませんよ。残念ながら。」
ヒイと兵二人がたじろぐとカイロスは悲しそうな顔をする。
「酷いな。そんなに私、顔怖いですかね?」
「一般人が初見で見て、不気味だと思うくらいには。」
ピアニーの辛辣な言葉が胸に刺さる。
「ゼンジ....ピアニーがいぢめます....。」
「カイロス様は威圧感がありますからね。もっと可愛らしい化粧にしたらどうです?ほら、帝都で観た喜劇っぽく。」
「あの白面で頬を赤く塗ったやつですよね。あれではただの馬鹿に見えるじゃないですか。嫌ですよ。」
「ぷくく....。」
ピアニーが顔を背けて口を抑えて笑い出す。
「ああ、ピアニーさん今想像しましたね?酷い!酷いですよ!私だって好きでこんな顔で生まれてきたわけじゃないのにぃ!」
寸劇を繰り広げている3人に二人の兵士は啞然とする。何なのだろうこの人たちはと呆れてしまった。
「ああ、失礼。ええとですね、あなた方をどうこうしようとは今のところ考えてません。もっともきちんと情報提供、もとい証言は取りたいので軽い尋問を受けてもらいますがね。」
縛り上げてる段階で軽い尋問もクソもないだろうと兵士たちは思った。ただ現状黙っている理由もないので聞かれたことには素直に答えてとっとと解放してもらう方向で二人で目配せをした。
「なるほど、ヘイムダルの皆さんは随分と国から離れた所で好き勝手やっているようですね。」
洗いざらい二人が話し終えると向かい合ったカイロスが長考するようにブツブツと独り言を発する。
「ゼンジさん、まずは二人の縄を解いてあげて下さい。」
「は。」
ゼンジは兵二人の縄を解く。
「お二人にはこれから例の遺跡の中を案内してもらいます。証言の照らし合わせもしたいですし。今後の処遇に関しても考えなきゃですしね。」
「わかりました。ご案内します。」
長時間縛られていた痛みに耐えつつも、兵士たちは3人を遺跡の近くまで連れて行った。
遺跡の内部はすでにエネルギーは通ってないようで暗い通路が続いていた。兵士は電源を入れてきますか?とカイロスに言ったがそのままで大丈夫とカイロスは断った。
しばらく内部を歩くと例のタルシンの研究室へと入る。そこには電源がいかなくなったことで腐り果ててしまったサンプルや錆だらけになった義手や義足など入った培養槽が並んでいた。
「ふむ。」
「これは酷いですな。」
ゼンジが言うとカイロスがいいえと一言返した。
「彼は、私が思っていたよりも優秀な男だったようです。技術自体は稚拙だが発想はそれほど悪くない。それに....」
カイロスはゼロから受け取ったタルシンの首の入ったケースを開けると、中身を床にぶち撒けた。
「な、何をするんですか!」
周囲が驚くとカイロスは冷静によく見なさいと返した。
ズルリと皮が剥がれ人と同じような形の骨、しかしそこには電極の様な回路や金属の繊維のようなものが見えた。
「これ....いいえ。この人は偽物ですよ。」
「なんですって?」
「あらあら。」
二人は適度に驚くと、では本物は?とカイロスに聞いた。
カイロスは兵士たちを見ると、ここ以外に何かありそうな部屋は?と聞く。
「いえ、この部屋自体も我々には立入禁止の場所でしたので、あとは地下くらいかと。」
ただしそこもめぼしい部屋等はないですよと正直に答えた。
「探る必要がありますね。」
地下へ、とカイロスは兵士たちに案内を頼んだ。
結論から言うと部屋自体はすぐに見つかった。動力室のさらに奥、壁の中に隠し通路があったのである。それは下へと続く長い階段だった。
「あそこだけ後で付けたように壁が新しかったですからね。」
「しかし、これ降りるんですかい?」
ゼンジは地下の、しかも灯りのまったくない暗闇に続く階段を見て躊躇する。
「嫌なら置いてくわよ?生ゴミゲロ野郎。」
ピアニーはゼンジを軽蔑の目で見ながら毒を吐いた。
「姐さん。最近オレに対する態度が酷すぎませんやしませんかい?」
ゼンジはブツブツ言いながら兵士たちと並んで前側の警戒を務めながら降りていく。ピアニーはカイロスを挟んで後ろ。周囲の警戒用の術式を展開して網を張った。
いくらか降りたであろう、そこは広い空間だった。見るとまだ下の階もあるようだったが階段はここで途切れていた。
「これはこれは。」
カイロスは部屋の真ん中へと歩いていく。
見るとそこの中心には培養槽が一つ置いてあり、中には機械で繋がれた生首が浮かんでいた。生首はカイロスたちに気付くと目を開ける。
『なぜ、ここが、わかった?』
「貰った死体があなたではなかったからです。タルシン・ワグネリアン。」
タルシンは慌てふためく様子もなくカイロスを見ていた。
「複製、いや機械技術を元にした複製技術ですか。正直ビックリしましたよ。この時代に拝めるようなものではないと思っていましたからね。」
『ここを、見つけたのは、5年前だ。遺跡の、下調べを、している最中、私は、ここで事故に、あったのだ。』
「ほう。それでそんな身体に?」
『身体は、元に、なったものが、あった。それに、私の顔を、型どった、複製の、脳を乗せ、ここで、1年ごとに、並列処理を、して、動かしていた。』
「あなたはオリジナル。上に、いえ、外で動いていたのは複製だったと言うわけですね。」
『そうだ。私は、オリジナル、だが、新しい器、には、なれなかった。以来、私は、ここで、生きている。だが、もう。』
「もう?」
『限、界、だ、この、頭も、もう、正常に、動か、ない。自分、でも、壊せない。だから、』
カイロスの口元が上がる。そしてタルシンの顔を覗き込むように屈むと、
「大丈夫です。私が終わらせてあげますから。」
『おオ....オ....』
ピアニーがそばにあった電源を落とした。タルシンは目を一度開くとそのまま震えるようにカイロスを見上げる。
「こうなる前に、私はあなたが欲しかったです。さようなら。おやすみなさい。」
『あ、り、が、と....。』
首はそのまま苦しみの表情で眠りについた。その双眸は自分を救ってくれた恩人をただただ見つめていた。
「さてと。」
カイロスは周囲を見る。
「ゼンジさん、何かありましたか。」
カイロスがそう呼ぶと下の方からゼンジの声がする。
「はい、掘り出し物、お宝の山ですぜ。」
「ほお、それは良い。」
そこにあったのは上にあった装甲殻よりも大きい戦車や人型の兵器、旧世代の武器の残骸だった。カイロスはその残骸の山を流し目すると満面の笑みを浮かべた。
「もう少し数が揃えば国一つくらい潰せそうですね。」
「まずは使えるかどうかの点検からでさあ。再生出来ても半分もないでしょうしな。」
カイロスはニヤニヤしながらここまで案内してもらった兵士二人の前へ出向く。
「さて、お二人。ここは本来、国家機密にも匹敵するほどの場所です。不本意でしょうが貴方たちはそれを見てしまった。」
兵士二人は震える。およそカイロスの不気味な笑みで見つめられて。
「貴方たちは共犯者。いえ、今日から私たちの同士であり部下です。ヘイムダルよりも高給を約束しましょう。」
カイロスは着いてきますか?と二人に問う。生か死かという意味を明らかに含めたであろうその問いに二人には選ぶ権限など与えられていなかった。晴れてヘイムダルの先兵両名は海運商の兵と新たにして迎えられたのであった。
「なあ、リシテア。」
「なあに?ゼロ。」
夕飯の焚き火を挟んでゼロが聞く。
「お前、良かったのか?遺跡、もっとちゃんと調べなくても」
リシテアが今回遺跡の中にまともに入ったのは襲撃の時のみ。それ以降はほとんど諸々のゴタゴタに追われ、探索もままならなかったのである。
「もういいの。たぶんだけど。」
「何だよそれ。たぶん?」
うん、とリシテアは答える。
「あそこ、たぶんまだ何かあるみたいだったけれど、それは私の求めてるものじゃないと思うんだ。だからもういいの。」
「カンか?それは。」
「うん。私のカン。」
それじゃ仕方ないかとゼロは引き下がった。実はゼロ自身もあそこにはまだ何かあることを気づいていなかったわけではなかったのである。
最初にまず切り落としたタルシンの首が妙に重かったこと。
次に研究室にあった資料の中にこの遺跡の自分たちが未踏破だった場所の説明があったこと。
そして思うことがあり、それらの情報が書いた紙を首の入ったケースの蓋の裏に貼り付けておいたこと。
あとは向こうが勝手に色々見つけてくれれば今回の依頼の報酬としては丁度いいだろうと考えたためである。
「人1人にかける報奨としては正直高いもんなあ。」
「?....何の話?」
「こっちの話だ。気にすんな。」
ふーんとリシテアは不審感有りありでゼロを見た。
食ったらとっとと寝てしまえとゼロはリシテアをテントの中へ促す。これからゼロは夜番として彼女を守らねばならないのだ。
明け方までは睡魔とじりじり闘いながら過ごすことになるだろう。
「おやすみなさい、ゼロ。」
「おやすみ、リシテア。」
二人の夜、月の光の中で静かな時間が流れていた。そこにあったのは恋人ではなく、まるで家族か兄妹のようなそんな優しい時間だった。