010 東の地より×その10
ゼロは鞄の中から防護用の術布を1ケース取り出すとピクスの周りにバラまいた。
「....ゼロさん。」
ゼロはピクスには振り向かず、マリオンに対峙する。
「ふふふ、見せてみろマリオン。お前の真の力を。そしてあの者を倒し、証明するのだ!」
タルシンは操作盤で入力を済ませると機動レバーを引き上げる。マリオンはその操作に合わせて背中や腹部から武器を展開した。ゼロはそれを見ると口に不気味な笑みを浮かべて含み笑いをする。
「どけ、オレはテメエの中に用がある。」
マリオンは足を僅かに浮かせ、そのまま横に高速で武器を斉射しながら移動する。ゼロはそれをわずかな動きで躱しながら、機械式の弩を連続発射する。ほとんどが装甲に弾かれてしまう中、数発は関節に挟まる形で刺さった。ゼロは接近と後退を繰り返しながら何度も斉射を繰り返してくるマリオンの攻撃を常に最小の動きで回避する。
「すごい....。」
ピクスはうつ伏せの状態でそれを見ていた。
「ぬ....なぜ当たらん。」
タルシンもその状況に困惑する。
マリオンの身体に装備されたのは術エネルギーを斉射するタイプの機銃である。斉射速度も威力も実弾のものには及ばないが生身に当たれば十分にダメージが通るほどの性能はある。
それをほぼその場で、しかも身体をひねるか足を動かすかで躱す
この少年はマリオンの性能に絶対の自身を持つタルシンからすれば畏怖の対象でしかない。
一方でゼロの方も弩での連射を続けていた。ゼロ自身は射撃に関してはそれほど得意とはいかないが扱う技術自体は持っている。ただし狙った所に百発百中で当てたり数十メートル先の的に当てるような才能はなく、今行っている攻撃もマリオンの破壊を狙うようなものでもなかった。
「ち....。」
そうこうしている内に用意していた矢を全て使い切ってしまう。ほとんど跳ね返された矢の内、関節近くに刺さっているのが2本、装甲の間に刺さったのが3本、首近くに刺さったのが1本。ゼロはそれだけ確認すると弩を仕舞。そして新たに手斧を2本出し、両手で構えた。
マリオンは通常、接近することはあっても距離はゼロの近接戦の間合いには入らない。そのための射撃戦主体での高速戦闘である。当然ゼロにおいては必要以上に近づいてこないマリオンに対して接近する必要がある。
「ふぅぅ....。」
ゼロは一度大きく息を吐き出した。そこから斧を横構えする体制になり、そのまま息を吸うと同時に手斧をぶん投げる。
手斧はそのまま回転しながらマリオンの背中の武器を破壊した。
マリオンはその衝撃で一度バランスを崩した後回りながらゼロに接近してくる。続けてゼロは2本目の手斧で足の一本を狙って投げる。手斧は足の回路の線を切り、足の一本の制御が出来なくなったマリオンはバランスを崩し、その場でゆっくりと停止する。
「ぬう....。」
タルシンはやられた足を切断しようとしたが、信号が届かないのかマリオンは反応しない。
ゼロは右手に黒い金具の付いた手袋を付け、マリオンに近づいていく。マリオンはすぐにゼロのほうを向き、口に仕込んだ武器を何度も発射する。ゼロはそれを刀で全て弾いて、そのまま手袋でマリオンの胴体を殴りつけた。
殴りつけると同時にマリオン胴体から火花を放ち、全身が痙攣するように動くと煙を上げて停止した。
「なああああ!?」
タルシンはあまりの事態に狼狽し、その場でへたり込んでしまう。
ゼロはタルシンのいる窓に目を向ける。そしてルピスに刺さった矢を抜き、再度弩にセットすると先端に術布を巻いた。そして窓に向かって撃ち込んだ。
矢はそのまま窓を貫き、ガラスを割り部屋の天井に刺さる。
腰を抜かした状態のタルシンは何とか腹這いになりながらも部屋から脱出しようとしていたが、ゼロの放った矢に付いていた術布、「火爆布」によって部屋ごと爆破されてしまった。
「さて....。」
ピクスもゆっくりと身体を起こしフラフラと破壊されたマリオン....ルピアに近づいていく。ゼロはそれに気付くとルピアのボロボロになった胴体を抱き上げ座り込んだピクスの膝の上に頭を乗せる形で置いてやる。
「オレはケリをつけてくる。ここで姉さんと待ってろ。」
「....はい。」
爆発によって破壊された部屋にゼロは乗り込む。するとタルシンの姿はすでにそこになく、奥に続くドアが開いていた。
「やろう....。」
ゼロはそのまま後を追っていった。
ピクスは部屋の奥に行くゼロを見送ると姉の顔を覗き込む。髪の毛を分け、顔を出し、まるで眠っているようなその表情はまさしく死人そのものであった。そして、運用試験場の広い空間の中、ピクスは姉ルピアとの最後の邂逅を果たすことになったのだ。
「....姉さん。」
ピクスはルピアを呼ぶが返事はない。
「姉さん、僕だ。ピクスだよ。やっと姉さんに追いついたよ。」
ピクスは姉の冷たく、固くなってしまった頬を撫でる。
「ここまで本当に長かったんだ。でも姉さんを助けるためだったからここまで来れた。....でも....でも....!」
なぜもっと早く来れなかったのか、いやそれ以前に、売り渡される前に助けることが出来ていれば、こんな目に遭わせることもなかったのにと。ピクスの心は後悔と自責に埋め尽くされていた。
「ぴ....く....す....。」
「....え?」
それは加工された音声のようだったが、間違いなく懐かしい、優しい姉の声だった。
タルシンは壁沿いに手を付きながら少しづつ自分の研究室を目指す。まだ終わるわけにはいかないと、マリオンがやられてもまだ代わりに出せるものはある、とちょっとずつであるが傷ついた身体で歩を進めていく。
しばらくすると研究室へ到着、タルシンは作業台の椅子に身を投げ出すようにして座った。
止血剤を傷に噴射して血を止めると大きく深呼吸をする。あの少年がここに来る前に何とか対抗出来る手段を取らなければならない。
「ここがアンタの研究室ってわけか。」
タルシンが振り向くとそこに立っていたのは先程マリオンを破壊した少年、ゼロだった。ゼロはそのままずかずかと部屋の中へと入ってくる。
「貴様、誰に断って私の部屋に....!」
「断る相手もいなかったもんでな。」
タルシンは一瞬焦りの様子を見せるが、すぐに何か思いついたように笑みを浮かべる。
「....くふふふふふ....。どのみち貴様は終わりだ。ここは私の研究室!私の領域!つまり私の尖兵はここにもいるのだ!出てこいお前達!こいつを抹殺するのだあああああ!!!」
タルシンは叩きつけるようにして機動スイッチを押す。しかし駆動音どころか何かが出てくる気配もない。
「え....?」
「それ、ランプ消えてねえか?」
見るとタルシンの弄っていた端末からはランプが消え、音も消えていた。それに何故だとタルシンが呟いているとモニターのみがひとりでに付き始める。
『あろー?ぼんじーる?何方かいらっさいますかーあんだすたんー?』
モニターの向こうから緊張感のない声と惚けた顔の銀髪娘が見える。
「遅かったじゃねえかよ。リシテア。」
『いやーごめんごめん。探すの手間取っちゃってさあ。あ、そうそう。その人の助手さん達はこっちで拘束したよ〜。あと遺跡の制御権もこっちで掌握したからその人もう何も出来ないと思うよ。たぶん。』
「了解。ピクスの位置はわかるか?行ってやってくれ....。」
「やほー」
見るとリシテアはゼロの後ろに来ていた。手には遺跡内部で使える小型の端末が握られていた。
「なるほど、そいつで色々弄くれるってわけか。」
「まあね。それより....。」
リシテアは研究室を見る。そこではタルシンは四つん這いでひいひい言いながら研究室の奥へと消えていく。リシテアが捕まえようと前に出るが、ゼロに止められる。もう急ぐ必要はないとリシテアに言うと、ゼロは奥に続くカーテンを開けた。
多くの試験管、培養槽、機械のパーツ、チューブ、天上には配水管のようなものも付いており水の流れる音や聞き慣れない音もいくつも聞こえる。ここでは別のエネルギー源による運用がされているようである。
リシテアは培養槽の一つを興味本位で覗いてみた。中には間違いなく何かの人の形をしたもの、そしてそれに組み込まれた旧世代の機械の断片が見える。
「融合....。」
リシテアが咄嗟にでた一言だった。
奥には脳だけが浮いているもの。接合された機械の腕や足。内蔵を徐々に機械化してる最中の物もある。
「まともなもんじゃないとは思っていたが....」
ゼロは周囲に目を光らせる。すると隅で縮こまっているタルシンを見つけ、引っ張り上げて床に転がした。
「ひいいいいい!待て!殺さないでくれええええ!」
「出来ない相談だな。」
タルシンは怯えながらもゼロを睨み返した。
「貴様は見たはずだ!ここにある可能性を!戦争のためだけじゃない、ここにある未だ完成してない技術もいずれ世界を変えるのだ!より多くの悪徳を裁き、より多くの者が救われる!そのための可能性がここにはある!そして!それが出来るのは私だけだ!ど....どうだ少年、貴様傭兵なのだろう!?私が金を払う!だから私の下で働け!私を守れ!そうすれば....。」
「うるせえ黙れ。」
ゼロは冷たく言い放つ。
そして斧を一本持つとタルシンにゆっくりと近づいていく。
「時間終了だ、腐れ外道。地獄に案内してやるから残りはそこで侘びてこい。」
斧の刃を床で引きずりながら、タルシンに狂気の目を向ける。
「い....いやだ....いやだしにたくない....ひいぃ....」
「それさ、ここに入っている人たちも言ったんじゃないの?」
リシテアが逃げるタルシンに冷たく言い放つ。タルシンははっとして周囲を見た。培養槽の誰もがタルシンを見ている。しにたくない、ゆるさないと口々に責める声がタルシンの耳を襲う。
「違う!私はお前達の可能性を....。」
誰もがこうなりたかったわけではない。誰もが可能性を信じたかったわけじゃない。ただ終わらせてほしかった、この地獄を。自分で何も選ぶことのできない生きているか死んでいるかもわからないこの状況を。脈打つ管が、躍動する肉と機械が、波長を発する脳と神経が、わずかに残った思念をこの男、タルシンに向けていた。そしてその声に気を取られている隙きに....。
「終わりだ。」
ザシュっと一回斬りつける音がした。そして圧縮され放出された液体が天上を汚し、タルシンは横にバタっと倒れる。そして、その横にはもう物言わぬ頭が絶望の表情で転がっていた。