ナントナ国物語
空に輝く青い小さな星、地球。かつて我々人類の故郷だった地球は、今や一部の限られた上級人類のみが住むリゾート星となっている。
人類が「人工衛星テラ」へ移住し始めてから早数千年以上の時が経とうとしていた。
移住期には地球上で数々の騒乱が巻き起こり、詳しい経緯や年代は歴史のミステリーとなっていた。
信じられないかもしれないが、私達人類はいつの間にかこの青空のない人工衛星テラに住み着いていたのだ。その謎は思春期だった私を長い間、それこそ恋に陥る隙を与えない程に悩ませた。私は、人類の消えた足跡に恋をした。
当然のように私は考古学者となり、生涯に渡りその謎を伴侶とする事と決めてから四十年。
近頃の若者は地球やテラの歴史にすっかり興味など失くしてしまっているようで、学生向けの啓蒙活動を行っている私はテラの若者達からは「イカレじじい」と陰口を言われる始末だった。
テラの人類居住区の片隅で日々研究に没頭する「イカレじじい」の私に、ある日青年の来客があった。
青年は今時珍しいくらいに礼儀正しく両手を空に掲げ、私に挨拶をした。地球に大勢の人類が住んでいた頃は頭を下げるのが礼儀だったらしいのだが、テラに住む人類にそんな習慣は無かった。
エリンと名乗る青年は、人工ではない自然の青葉のような爽やかな声で言った。
「地球語がお分かりの先生がこの衛星と、地球の古い歴史を調べていると聞き、是非これをご覧頂きたく思い持って参りました」
「ほう、これは……」
見た所、それは羊の皮で作られた古文書のようだった。表紙は所々破れてはいたものの、中身は割りと綺麗な状態に保たれていた。地球語で書かれているもので、私には難なく読めそうであった。
「亡くなった祖父が隠し持っていたもので、地球語で書かれているものです。地球語は少ししか分かりませんが、テラの謎が解明できるかもしれません」
「なんだって?」
「皆は興味ないようですけど、僕は我々がどのようにしてこの地に住み着いたのか、その真相が知りたいのです」
「この本にはその経緯が書かれていると?」
「おそらく、ですが……先生に、是非この本の信憑性を確かめていただきたいのです」
「ふむ、なるほど……」
青年の言う事が本当なら、私の生涯追い求めていた答えがここに記されている可能性がある。
私は青年と二人分の衛星珈琲を淹れ、椅子に深く座り、だいぶ呼吸を整えてからページを捲った。
ナントナ国物語 著・タブン・チョーシャ
人類はあまりにも増え過ぎた。地球経済が能動的かつ流動的になったある時期から、人類は地球の上で完全に二分された。
富めるものと、貧しいもの。双方はそれぞれに国を作り、やがて大戦争になった。大勢の人類が死に、双方の国はなくなった。そして、国を失くした人類は地球上に散らばった。
旧アメリカ連合の暖かな場所に一定の人々がなんとなく集まり、なんとなく国のような物を作った。
見た目が偉そう、という理由で王に任命された「エラ・ソーダ」を王として、とりあえずの王制を敷いた。
優柔不断な王が国の名前をつけるのに困っていると、適当に作られた王の国は「ナントナ国」と周辺の国の人達に呼ばれている事を知り、それをそのまま国名とした。
国の目標は「まぁまぁそこそこ」
国の標語は「無理はしない」
「できる人がやりたい時にできることやる」
「でも、王様よりえらそうにするやつは死刑」
というなんとも大雑把な二大法の下、人々はなんとなく生活をし始めた。困った事があれば人々は助け合い、暇になると会社みたいなものを作って競い合ったりしたが、ナントナ国民は飽き性がひどく、競争は長続きしなかった。
ある日、隣のランボー帝国が「これは落とすのが簡単だ」とナントナ国侵攻を足掛かりに世界征服を目論んだ。
ランボー軍がナントナ国へ侵攻すると、ナントナ国の人々は笑顔で「いらっしゃーい、ゆっくりしてってね」と彼らを迎え入れた。王様も「せっかく来たんだから、ゆっくりしていったらいいよ」と将軍に向かってニコニコしていたので、軍部は完全にヤル気を失くして撤退してしまった。
贅沢な暮らしや便利なものはないけど中々住みやすいらしいぞ、とのウワサが世界中を駆け巡り、自由な環境で研究がしたいという学者や技術者が多く集まった。
ナントナ国の人々は彼らの行う研究や技術開発を「なんとなく面白そうだ」という理由で率先して手伝い始めた。
彼らは面白半分でやっているだけだったが、他国から見るとナントナ国は立派な技術先進国となっていった。
その技術を平和の為になら使っていいよ、と王が許したので、ナントナ国は技術と交換にお金を稼ぐことが出来た。
しかし、問題が起こった。
「アタ・マ・イイ」という天才が開発した「ヨゴレ・ナーイ」という『部屋にスプレーするだけで一生掃除しなくて済む』というスプレーが夜中の通販番組で紹介されると、瞬く間に世界中で大ヒットしたのだ。
欲のないナントナ国の人々は大量のお金の使い道に困ってしまった。
お金の使い道を決めるため、ナントナ国中から会議に出たい人が集まって百万人による会議が百日間に渡って行われた。
『・参加資格 国民全員 ・話しを聞く人 王様が直接。とりあえず聞きます ※一人何回でもOK』
という無謀とも言えるような参加資格が会議を長引かせたのだが、急いで生きている人がいる訳でもないので国中の誰も困ったり文句を言ったりしなかった。
お金の使い道は
①でっかいチョコレートを作って食べる
②でっかい星をつくって飛ばす
という二つが選ばれた。
王が「でっかいチョコは皆が食べに来るの大変だろうから、みんなに一個ずつ配ろう」
と言ったので、国の大きなお金の使い道はでっかい星を作って飛ばす事に決定した。
王が死に、次の王が死に、そして次の次の次の次の次の次の次のそのまた次の次の次の次の次の次の次の次の王が四十五歳の時に、ついに大きな星が完成した。
ナントナ国の人々は完成した星をぼーっと眺めながら、なんとなく星に乗り込んでみた。
星の居心地は中々悪くなく、乗り心地も良さそうだった。
悪ガキで有名だった「オスナ・ハ・オセーダ」という少年がふざけて「なるべく押すな」と書いてある星の発射ボタンを押すと、星はナントナ国の人々を連れて勢いよく夜空の向こうへと消えて行った。
王は「まー、押したくなるよね」と笑って少年を許したと伝えられている。
それから、誰もいなくなったナントナ国の跡地でまた新たな人々が国を建て、そして再び地球人類は争いに飲み込まれていった。
皆が平和に暮らしていたナントナ国。
そんな国が、かつて地球にはあったのだ。
おしまい
私はそっと本を閉じ、これが長年追い続けた答えだったのだと、確信した。
私達の住む「衛星テラ」を作ったのも、いつの間にか住み着いていた私達人類も、元を辿ればナントナ国の国民だったのだ。
ついに答えを手にした私は空を見上げ、涙した。
――それからというものの、私は若者達へ向けての啓蒙活動を行うことを一切止めにした。
私達人類、いや、ナントナ国の先祖達は自らがなんとなく、しかし、望んでこの宇宙へと旅立ち、そして争いのない新たな故郷を手にしたのだから。
今の私は、この星で命を終える事が出来る悦びを感じながら生きている。
「あのジジイ、本当におまえの言った通り大人しくなったな」
「毎週広場でやってた「故郷を忘れるな!」ってうるさい演説もやっと収まったぜ」
「エリン、一体どんな手を使ったんだ?」
「地球旅行へ出た時に土産で買った本をそのままジジイに渡したのさ」
「その本には何が書いてあった?」
「さぁ? 地球語はさっぱりなんでね。でも、この本ならきっとジジイを黙らせる事が出来るって感じたのさ」
「それは何でだい?」
「なんとなく、ってやつさ」