幕末の少女は自由を願い、ここへ来た。
「慶応の時代から来たという事ですね?」男子高校生・良太は華やかな振り袖姿の少女
にそう聞いた。話を聞くに、その子はお見合いの席から逃げだし、屋敷の奥にある物置に閉じこもっていたらしい。いつの間にか眠りこけてしまい、目が覚めた時には、散らかり放題な良太の部屋のクローゼットにいたというのだ。
「お見合いって事は結婚すんの?歳いくつ?」良太が恐る恐る少女に聞いた。
「お相手の方は30になるとお聞きしております。私は16です」
「は?!犯罪じゃないのか?そりゃ逃げ出すわー」
「こちらの時代ではよくあることです。親が決めた顔も知らぬ人との結婚だなんて。でも、受け入れがたくて。もっと自由に生きたいと強く思ってしまったんです。自分のやりたいことを自由にできたらって。そしたら、ここにいたんです。私の願いが天に通じたのか、はたまた夢なのか…」少女は困惑の色など微塵もない笑顔で言った。
「自由って言っても、今のこの時代もなかなか不自由だよ?コロナがずっと酷くて、遊びにも行けないし、学校もオンライン授業だしさ」
「コロナ?コロリでしたら聞いたことがあります。酷い感染症で多くの人の命が失われたと…」
良太は“コロリ”が何か分からず、スマホを取り出し調べだした。すると、少女は目を丸くして聞いた。
「そのお札は何ですか?絵がひとりでに動いている!私、すごい時代に来てしまったのですね!」
「スマホだよ。知りたいことは調べられるし、授業も動画で見れるし、離れた人とも顔を合わせてお喋りができるし、SNSでは自分の想いとかを発信できる…みんな当たり前に持ってるよ」
「あなたはさっき、この時代も不自由だと言ったけれど、無限大の自由と希望が広がる世界じゃないですか!」少女は目を輝かせてスマホをまじまじと見ていた。
「で、この絵図面から人が出てきたり入ったりできると…?」
「いや、そこまで進歩はしてない。予想斜め上いく未来をよく想像できるなっ!?」
「想像することは大好きなんです。幼い頃から物書きに憧れていたのです」
「物書きって…小説家ってこと?」
「はい。自分の頭の中の物語を本にしてみたいのです。でも、女が勉学に勤しむことも、筆を執ることも、私の生きている時代では禁忌に近いですから…」
やりたいことをができない境遇の差に、俺は面食らった。俺はその少女に、とてつもない羞恥を感じた。何でもできる世なのに何もしていなかったから。