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第百二十話 レバ刺し

作者: 山中幸盛

 山中幸盛は運動不足を補うため、堤防からワーム(疑似餌)を投げてアジを釣る、アジングなる釣りを始めた。

 初めて挑戦した日は、船着き場の常夜灯の下で夜中の十二時半頃から朝の六時過ぎまで頑張ったが、コツッというアタリすら一度もなく、完璧なボーズだった。

 ワームというゴム製品に魚が食いつくなんて未だ半信半疑だったが、二度目は場所と時間を変え、日中から夜にかけてやってみたところ、夜七時頃に突然コツコツッというアタリがあって小さなメバルが一匹釣れた。生まれて初めての快挙に感動し、がぜん勇気とヤル気が湧いてきた。

 三度目はボーズだったので、四度目は思い切って隣のN漁港突堤先端に行ってみた。足場は悪かったが潮通しの良い場所だったからか、フグ一匹、サバ一匹、メバル一匹、カタクチイワシ一匹、そして中小のカサゴが十匹ほどもポツポツと釣れた。しかし、肝心のアジは姿を見せなかった。

 五度目はT漁港に戻って小さな色ハゼが一匹。六度目はカサゴの赤ちゃんが一匹。七度目はメバルの赤ちゃんが一匹。そして八度目の釣行で、ついに十一センチほどの豆アジが一匹釣れた。

 それからは、行くたびごとに豆アジが数匹釣れたので、釣ったアジにハリを掛け、泳がせてアオリイカを狙いながら、横目で電気ウキを眺めつつアジングを続けた。しかし、アオリイカが漁港内に入っている気配はない。

 そこで、海底に棲むヒラメやマゴチに狙いを定め、オモリをつけてアジを海底近くで泳がせてみた。しばらくするといきなり竿先につけた鈴が鳴って、リールのドラグを緩めておいたので、何者かに糸を引っぱられてドラグがジージージジーっと鳴り続ける。

 心臓をバクバクさせながら竿を手にしてリールを巻くと、その何者かはグイグイと抵抗しつつも、やがて疲れて足元に引き寄せられて来る。幸盛はイヤな予感がした。ヒラメやマゴチの引きがどんなものかは知らないが、この引き方には覚えがあった。姿を現したのは、やはりアカエイだった。

 エイは名古屋港でのウナギ釣りの際に、イヤというほど見てきた。もう、勘弁してくれ、この外道野郎、と叫びたい心境だった。


 ところがである。家で釣り動画を見ている中で、釣ったエイをさばき、食べるという、衝撃的な投稿動画を偶然見かけた。エイのヒレの部分は刺身でも美味いし、唐揚げにしてもイケルというもので、とりわけ、肝臓の刺身がなかなかウマイというのだ。牛のレバ刺しは幸盛の大好物だったのに、平成二十四年から焼き肉店で出せなくなったので、エイのレバ刺しとやらには大いに食指が動く。

 本当に美味いのだろうかと疑いながら、他の投稿動画で検証してみると、五件ほどの動画に登場する全員が、エイのレバ刺しはウマイと声を揃えている。そうか、そんなに美味いのか、名古屋港のエイは食べる気にならないが、知多半島先端のエイならいっちょう試しに食ってみるか、とその気になって、まず仕掛けを作ることにした。

 なにせ敵は十㎏を超える大物もいるので、細いラインでは簡単に切られてしまう。だから太いフロロカーボンの八号糸と真鯛十二号とヒラマサ十二号の針を釣具店で買ってきて、結び付けて二本針の仕掛けにした。仕掛けを作ること自体が久しぶりだし、ラインが太くてやりにくいので針先を指にプスプス刺して血まみれになったが、これで巨大なアカエイが食いついても切られることはない。

 エサは、近所のスーパーに行った際に、手頃サイズの未調理のイワシの詰め合わせが並んでいたので、シメタとばかりに五パックも買ってきた。そして、二匹ずつラップでくるんで冷凍室に押し込んだので、当分はエサの心配は不要だ。

 そして計画も立てた。釣り上げたらすぐにその場で血抜きを兼ねて料理バサミで腹を開いて肝臓を取り出す。次に出刃包丁で両翼ヒレを胴の付け根辺りから切り落としてクーラーボックスに入れ、その他の部分は全部海に返す。

 その翌日に釣行し、アジングそっちのけでエイ釣りに挑んだところ、なんと五㎏ぐらいと七㎏ぐらいのエイが簡単に釣れてしまった。下処理がしたいしレバ刺しも食べたいのでとっとと帰宅することにしたが、氷をしこたま持参したので、クーラーボックスのベルトが肩に食い込み足がふらつくほどに重かった。

 帰宅したらまず肝臓を氷水で洗い、キッチンペーパーに包んで冷蔵庫に入れる。次にヒレの薄い先端部分を切り落とし、それぞれ二つに切って八つに分け、水を流しながら包丁の背でヌメリをこそぎ落として大きなボウル二個になんとか納めた。半分をカラアゲにし、半分は煮付けにして、気が向けば少し刺身にして食べてみようと決める。翌日調理する際に熱湯をかければ、ヌメリはおおかた取れるらしい。

 そして、いよいよ本命のレバ刺しだ。アカエイの肝臓はフォアグラみたいに(たぶん)でかい。冷えたビールを飲みながら、アカエイの肝臓を包丁でスライスして大皿に並べ、それをゴマ油と食塩を混ぜたタレにつけて口に運ぶ。

「なるほど、こりゃあ、うまいワ」

 と感動し、次はいつ行こうかと、カレンダーに目をやった。



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